7 思い出の花火とたからもの
3年前。
ヤゴローが、存美村にやってくる少し前のこと。
ヤゴローはいつも病室にいて、寝てばかりの生活だ。生まれたときから重い病気で、ひとりではろくに動けない。運動なんて論外だ。
妹は元気に走っているのに、自分だけがベッドの上。長生きできないとわかっているのに、両親は面倒を見てくれる。
「ぼくはなにもできないなあ……。社会の役に立つことも」
お世話になっている病院にも、恩返ししたいと考えているけど、それもたぶんできなさそう。
楽しみといえばインターネットで動画配信を見るくらい。はしゃぎまわる同世代の子どもたちと、いっしょになって笑うけれど、ふと現実に引き戻されて、泣きたくなることがある。
重い病気のからだでは、なにも希望が持てていない。夢さえも。
病室の窓から見える景色は、サッカーをしている妹だ。運動場がすぐそこで、友だちとよく遊んでいる。
「あんなふうに走りまわって、ボールを蹴ってみたいなあ」
いつしかそう思うけど、夢さえもかなぐり捨てていく。無駄だとわかっているからだ。
夜になって窓を覗くと、運動場に明かりがある。手持ち花火をしている親子で、夏の季節を感じさせる。
「もうすぐ花火大会だ……」
病棟にいる患者たちの1年に1度の楽しみだ。近くの川辺で打ち上げられて、ここの窓からよく見える。
いつもは家族で集まって見るが、ところがその日は妹のサッカークラブの試合らしい。
遠い場所でやるらしく、車で急いで向かっていても、花火が見られるかわからない。
それでも両親は妹よりもヤゴローのことを優先した。
妹の送り迎えについては、コーチに頼んでいるらしい。
「いいの? 応援に行かなくても」
「あの子ならきっとだいじょうぶよ。友だちもたくさんいるんだし」
「…………」
ヤゴローには、花火よりも試合がうらやましく思えてきた。
花火大会の1週間前、妹は会いにきた。
「お兄ぃ。わたしのせいで、負けちゃったぁ……」
この日も試合があったらしく、くやしそうに泣きべそだ。
外で遊ぶことさえも、兄にはかなわないというのに、妹はそんなのおかまいなし。
「……ちょっと待ってね」
自分の気持ちはひとまず置いて、ヤゴローはネットで調べてみる。
――サッカーがうまくなる方法。
それを妹に伝えると、涙を拭いてやる気になる。
「ありがと、お兄ぃ! やってみる!」
ボールを持って、飛び出した。
次の試合は遠征で、花火大会といっしょの日。
父と母とヤゴローは、病室の窓から花火を見る。妹の帰りを待っている。
そろそろ終わろうとしているときに、急にドアが開かれた。
「勝ったよ、お兄ぃ!」
妹が笑顔で報告したとき、ドーンと大きな音が鳴る。
病室の窓に花開く。大輪だ。
「わあ、きれいっ!」
間にあった。妹の瞳がキラキラした。花火が祝福するように。
「お兄ぃのおかげで勝てたんだよ!」
――役立った。
この気持ちは忘れない。
生きている証拠なのだから。
「うっ…………」
目の前が闇に包まれる。例の病気の発作がきた。
意識をうしない、倒れこむ。
その後はもはや最悪だ。
絶望のフチに落とされる――。
(もうだめだ。ぼくは死ぬ)
容態は悪くなるばかり。芽生えかけた希望でさえも、育つことなく枯れていく。
生きる気力をすっかりなくして、インターネットをさまよった。
ゾンビのことを知ったのは、都市伝説の動画から。
ゾンビだらけの村があって、病気もケガもない世界。もしもゾンビになれたなら、誰にも看病されずにすむ。元気に外を走りまわって、ボールを思いっきり蹴れる。
「ぼくはゾンビになりたいです。どうせこのまま死ぬのなら」
ウワサは本当かわからないが、両親へと打ちあける。父も母も調べたらしく、すぐに同意してくれた。
ただし母は、
「わたしもいっしょについていく!」
今まで苦しかった気持ちを、息子へと吐きだした。
「ごめんね、ヤゴちゃん。健康なからだに産めなくて」
母は負い目を感じていた。だから懸命にお世話をして、息子に身を捧げてきた。
そしてゾンビになるときも、ひとりだけにはさせたくない――。
ヤゴローは母に思われ続けて、感謝の気持ちでいっぱいだ。
けれど、窓へと目をやった。
大空の下では、子どもたちがサッカーをして遊んでいる。
妹の姿がそこにある。
「ぼくは今まで母さんに、いっぱい愛をもらったよ。唯奈のぶんも奪うくらい。だから、ぼくは、だいじょうぶ」
ゾンビのからだになったとしても、心がポカポカしていられる。
ぜったいにさみしくならないから。どんなに距離が離れても。
「母さんはこれから唯奈のために、いっぱい愛をそそいできて。あの子は強そうに見えるけど、ガマンしているだけから」
ヤゴローはこうして家族と別れて、ひとりだけでゾンビになる。
足もとにあるサッカーボールは、妹が兄にくれたもの。
大切なたからもの。
☆
ヤゴローが家族に会えるのは、1年に1度のお盆だけ。
しかし今年はうれしい反面、暗い雲が立ちこめる。
カタログのページにはさまっている、妹からの手紙のこと。
――『お兄ぃ。わたし、サッカーやめたい』
唯奈がそうとう落ちこんでいるのは、文面から伝わった。
チームメイトとの息があわず、うまくいっていないらしい。
アドバイスをしたいけれど、村からの連絡は困難だ。
電話やインターネットが使えず、できるのはせいぜい手紙のみ。それにもポイントが必要で、値上がりしている今の期間は、手紙なんて、そう出せない。
だからこのお盆祭りで、妹を励ましたい。
たった1日だけのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
サッカーの試合に勝ったあの日を、花火で再現したかった。
そのために、運び屋として走りまわって、ポイントを集め続けていた。
しかし花火を買うためには、8000ポイント必要だ。
焦りだす。値上げをされてしまったばかりに、たりないことがわかったから。
村から逃げたはぐれゾンビは、なかなか捕まえられていない。
ハンターは値上げを実施した。はぐれゾンビを出したことは、村のみんなの責任だ。
ミチとコトリは覚えている。温泉で、村人たちがぼやいたこと。
ヤゴローも、困っている。コトリはなかなか言い出せない。ヤケドの跡をこすっている。
「わたしなんかが手伝っても……」
モゴモゴして迷っている。彼女が村にやってきたのは「役に立ちたい」ためだった。
ゾンビになるかは置いておいて、ちょうどいい機会じゃないかと、ミチはポンと手をたたく。
ジグソーパズルの欠けたピースが、ちょうどはまっていくように。
「コトリちゃんが、手伝いたいって言ってるよ。ヤゴローの、お仕事を」
「えっ!」
コトリはあわてて振り返る。思いがけない言葉がとんで、からだじゅうに汗がふく。
驚いたようなヤゴローの視線を、コトリはまともに見ることができず、声がつい裏返る。
「わっ、わたしなんか、手伝うどころか、迷惑かけるに決まってます! ……もちろんお役に立ちたいけど、わたしはドジで無能だから……」
両目に涙をためながら、コトリは顔を伏せている。
しかしヤゴローの心としては、ネコの手さえも借りたいほど。
やさしく言う。
「ありがとう。助かるよ」
少しでもポイントをかせげれば、花火はきっと買えるはず。
ヤゴローは空を仰いだあとに、ミチのほうへと目を向ける。
「きみは、はたらかないんだよね?」
「ん、まあ。……あたしはね」
はたらけば負けだと思うミチ。遊ぶ時間が減っちゃうから。
それにお盆祭りの準備を手伝う気なんて、さらさらない。
ヤゴローもそれがわかっているのか、ひかえめに提案する。
「きみの電子ウォッチをしばらく、この子にかしてほしいんだ。これをつけてはたらかないと、ポイントが入ってくれないから」
「そういうことなら、オーケーだよ」
ミチは電子ウォッチを外して、コトリの手首につけていく。細い腕。
コトリはあまりに感激しすぎて、震えながら立っている。
「よろしくお願いいたしますっ。わたし、がんばってはたらきます!」
「うん、よろしく。きみは1000ポイントぶんを、かせいでくれれば助かるから」
「ぜったいに、間にあわせます!」
「ありがとう。あの花火を打ち上げられれば、唯奈も元気になれるはず……」
ヤゴローは、サッカーボールを空高くへと蹴り上げた。
夏の太陽に反射した。
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