6 ヤゴローの悩み
ヤゴローは、歩いていた。
「……。いや、やめよう」
洞窟へと向かっていたが、足をとめて引き返す。
「ヤゴローぉぉぉおおおおおお!」
ものすごい勢いで、ミチがこちらに向かってくる。とまらない。
どっかーん!
思いっきり体当たり。吹っ飛ばされて、洞窟へ。下り道。線路をゴロゴロ転がった。
「ヤゴロー、待って!」
ミチは洞窟に飛びこんだ。ついでにこいのぼりのように、からだが浮いたコトリもだ。白目をむいて、口から泡をふいている。思いがけない恐怖体験。
ここからさらにヤゴローを追って、ミチは走り続けていく。洞窟の中は、ランプがひっそり薄い闇を照らしている。
「ヤゴロー!」
――発見する、動かない。ミチはコトリを引きずりながら、ヤゴローのもとへと駆け寄った。
「ねえ、起きて。こんなところ、はやく出よう!」
「……う…………」
ヤゴローは動いたけれど、起き上がることができていない。
「うわあっ!」
おびえたように、声を出す。
「母さん! 父さん!
右と左の土をさわって、なにかをさがしているようす。石ころを持っては、投げ捨てて。
「ヤゴロー! あたしだよ、落ちついて!」
彼は取り乱している。家族を求めて呼んでいる。
「あっ」
よく見たら、首から下が存在しない。岩にぶつかったショックなのか、からだが離れてしまっている。
ミチはすぐにからだをさがして、ヤゴローの頭をつなげていく。
「これできみは立ち上がれる! ヤゴローは、ゾンビだよ!」
「…………はっ」
ようやく正気に戻ったらしく、目を見開いて静かになる。はずかしそうに頭をかいて、そろそろと2本の足で立つ。
「そうだ、ぼくはゾンビだよ。みっともないとこ見せちゃった」
「よかったあ。いつものヤゴローに戻ったね。今のうちにここを出よう」
「ハンターに見つからないうちに」
2人はそそくさと洞窟をあとにし、太陽の下へと戻ってきた。
入口近くに落ちていた、サッカーボールをヤゴローは蹴って、ひざの上へと乗せていく、はずませる。
「ぼくがこうして動けるのは、ゾンビになったおかげだね」
ヤゴローはミチへとパスを出す。
「ほいよっと」
胸で受けとめ、足もとへ。ミチはとてもうれしそう。だって、ヤゴローと遊べるから。
「いくよ、えいっ!」
思いっきり、ボールを蹴る。ミチの足までとんでいって、ヤゴローの顔にスタンプだ。
「ぶぉっ」
ぶったおれる。予想はついていたはずなのに、対応できていなかった。
「ごめーん」
ミチは片足でケンケンしながら、ヤゴローへと手をあわせる。
「ミチさん……」
か細い声が、洞窟から。
入口には、鼻血をたらしたコトリが青筋を立てている。
サッカーボールを持っている。
「あっ、コトリちゃん」
今になってコトリのことを、気づいたような声がけだ。
コトリはずっと洞窟で、置きっぱなしになっていた。
「ひどいですっ。ミチさんなんて、きらいです!」
叫んだとたんに「うわーん」と泣いて、ぼろぼろと涙をこぼしていく。
さすがにミチもショックなのか、あせるようにケンケンした。
「ごめんねっ、コトリちゃん。きらいなんて、うそだよね? あたしと遊んでくれるよね?」
「わたし、ゾンビハンターになりますからっ! あなたなんて、狩りますから!」
やけくそになっている。これにはミチも、たまらない。
「やだーっ! ぜったいだめっ、だめだから!」
「2人とも、落ち着いて」
ヤゴローがあいだに割りこんだ。ミチへと足を投げ返す。
コトリの手には、新聞紙。包み紙にされていて、中になにかが入っている。
開けてみると、黄色いつぶ。黄金色のトウモロコシだ!
「おなかすいているんでしょ?」
ハンカチで彼女の顔を拭く。鼻血はもうとまっていて、いくぶんかはマシになる。
おでこにもすり傷があって、こちらも軽く押さえておく。洞窟へと入ったときに、ミチがつけたものだろう。
コトリは見開き、固まった。手を伸ばそうかと迷っていると、ヤゴローが笑顔を向けてきた。
「生でも食べられる品種だから、そのまま食べてもおいしいよ」
コトリはコクンとうなずいた。みずみずしくて、おいしそう。
「いただきます」
かぶりつく。食べものにやっとありつけた。なりふりかまわず夢中になって、食べられるところは噛みつくす。
あっという間に芯だけだ。新聞紙へと包んでいく。
「はぁ〜。おいしいです」
落ち着きをやっと取り戻した。コトリはちらっとヤゴローを見て、小さくなってうつむいた。
「とっ、取り乱して、ごめんなさい。迷惑かけてしまいました」
「いやいや、気にすることないよ。ミチのほうがよっぽどだし」
「わざとじゃないもん」
ちょっと勢いあまっただけの、トラブルだって言いたいらしい。目玉をぐるぐる泳がせる。
反省の態度が見られないミチに、ヤゴローは強めの口調で言う。
「だけどね。この子はケガをしたんだよ。いやな思いをしたんだよ。ミチには痛みはわからないけど、いやな思いはわかるでしょ? だから、ぼくたちにあやまって」
「うっ……」
こうも責めたてられてしまうと、さすがにミチもかなわない。
「ごめ……ん? ぼくたち、って」
「とうぜんでしょ。ぼくも被害者なんだから」
しれっとヤゴローは腕を組む。それもそう。蹴られていた。少し前は、体当たり。
ミチは思い出したように、大声であげて反論する。
「だってあれは、ヤゴローが、洞窟に入ろうとしたからだよ! あそこは外とつながっているから、入っちゃいけない掟だよ! だめなんだよ!」
「…………」
ふいにヤゴローの目がそれる。コトリは黙ってうかがいながら、包み紙に注目する。
新聞だ。ヒミツ基地で見かけたものと、同じ出版社の新聞。クロスワードが載っていて、ペンですでに解かれている。右下には三日月のようなサインがあるが、達筆すぎてよく読めない。
「……でも入る気はなかったよ。ただちょっと、見てただけ。ぼくは運び屋なんだから、カタログで届いた荷物だって、ちゃんと運んでいるんだよ」
「うーん、たしかにそうだけど」
注文していた品物たちは、トロッコに乗せて届けられて、村人たちにくばっている。洞窟の手前は運び屋の営業所のようなもの。
スジはたしかに通っている。だけどミチは首をかたむけ、考えこんでいるようだ。
「……見まちがい、だったかなあ。まあいいや」
ミチはすぐに顔を上げて、コトリのほうに向き直る。
「さっきはごめん。あたし、突っ走っちゃって」
「わたしのほうこそ、『きらい』って言ってごめんなさい」
2人はすなおにあやまった。わるかったところを、認めあう。
これで丸くおさまった。
「仲直りできて、よかったよ」
ヤゴローは、電子ウォッチに目を落とす。
「ぼくはそろそろ行かなくちゃ」
「もう行くの? 遊びたーい」
「まだ配達は終わってなくて、息抜きしていただけなんだ。ポイントをまだまだためないと」
焦りの色が浮かんでいる。
サッカーボールを蹴りながら、ヤゴローは走っていこうとする。
「待ってくださいっ!」
コトリがとつぜん、呼びとめる。洞窟へと駆けつけて、息をきらして戻ってくる。
コトリは冊子を突きだした。
「ヤゴローさんの、ですよね? あそこに落ちていましたよ」
「あっ!」
ヤゴローは自分の浴衣をさわり、カタログがなかったことに気づく。
「ありがとう。これは大事なものなんだ」
カタログを受け取った。すぐにめくって、はさまった手紙を確認する。パタンと閉じると、左手首の電子ウォッチの表示を見る。――『3950』。
「……やっと半分くらいだな。1日で300ためたとしても……、10日で3000ポイントで……、今までの手持ちとあわせても……、あぁ、だめだ……あきらめるしか……、でも唯奈を…………」
迷うように、ひとりごと。
コトリはヤゴローに聞いてみた。
「悩みでも、ありますか?」
「いや、ささいなことだけど……」
言葉をにごして、とりつくろう。
あきらかに深刻そうなのに、自分ひとりで抱えている。
ミチはやきもきして言った。
「ヤゴローは花火がほしいんだよ。お盆までに間にあわせたいのに、買えなくて困ってるんだって」
「そうですか……。わたしでよければ、お手伝いをしたいですが……」
消え入りそうな、小さな声。ヤゴローの耳には届かない。
「……でも、わたしは役立たずで、たぶんなにもできないから……」
「……8000ポイントをなんとしても、お盆までにかせがないと。このままじゃ……」
ヤゴローもまた口の中で、ぶつぶつと悩んでいるようす。
ミチは手を振り上げた。肩をすくめて、やれやれだ。
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