9 箱入り娘

「つまんなーい」

 茅ぶき屋根の一軒家。ミチはたたみでゴロゴロしながら、コトリの帰りを待っている。

 ゲンシンは今日も帰らない。ここ最近は村の役場に閉じこもっているそうだ。はぐれゾンビは捕まらず、ハンターからの圧力がかかって、対応に追われているらしい。

 反対にこの一軒家では、住職のおとなりさんからお経が聞こえてくる始末。「あーあ、またはじまった」と、カナリの声にげんなりする。

 ちゃぶ台の上には、トランプだ。飽きるほどにソリティアを遊び、今ではすっかりヒマ娘。

「遅いなあ」

 太陽はもう沈んでいる。しばらくのあいだ、コトリを泊めることになったが、ほとんど外出していてために、いっしょに遊べる機会がない。

 コトリはとてもいそがしい。

 朝はトウモロコシを食べて、さっさと仕事へおでかけする。

 夜はふらふらに帰ってきて、すぐにたたみでいびきをかく。

 1週間も、そんな生活が続いている。

 ――お盆祭りは、あと3日。

 ポイントはどこまでたまったのか。

 打ち上げ花火は買えるだろうか。

「あたしにはカンケーないけどね」

 イキビトの家族がいないミチには、なんの楽しみなんてない。ねたましく思えてしまうから、毎年この日は参加しないで、ヒミツ基地にこもっている。

 ヤゴローにとっては3回目で、花火は毎年やっているけど、ヤゴローの家族や花火でさえも、どんなものか見たことない。

 楽しくなんかないからだ。

「あたし、なにやってるんだろ」

 気がつけば、イキビトのコトリと仲よくなり、ヤゴローの仕事を紹介した。

 友だちがほしいだけだった。同年代の女の子が来て、ゾンビ仲間になれたなら、いっぱい遊べると思っていた。

 けれどコトリが黄泉の湯へ、身を投げようとしたときに、

 ――「だめぇぇぇ――――――っ!」

 なぜかジャマしてしまったのだ。どうしてあんな行動をしたのか、ミチにもよくわかっていない。

 それにネコ隊長は、いまだにしゃべれないままだ。ぬいぐるみを見つめるけれど、セリフが頭に浮かばない。

 こんな気分は、はじめてだ。

「なーんかあたしらしくない。こういうときは、散歩だねっ」

 ミチは引き戸を開けていき、月明かりの外へ出る。

 足は自然と山へと向かい、黄泉の湯へとたどり着く。

 この温泉はいつの時間も、お年寄りでいっぱいだ。

「おやっ、ミチちゃん」

「ノブさん、キヨさん」

 農家の夫婦に手招きされて、ミチは近くへ身を寄せる。

 ノブとキヨはニコニコしながら、やさしく語りかけていく。

「おでの育てたトウモロコシさ、うんまそうに食っててなあ」

「うれしいわぁ。今年も自信作なのよ。他にもキュウリやナスなども、あの子は食べてくれるのよ」

 どうやら話題はコトリのこと。ノブたちは野菜を育てていても、ゾンビの村では持ちぐされ。だからいつもハンターに売って、ポイントと交換しているけれど、目の前で食べてくれたほうが、夫婦としてはよろこばしい。

「そうなんだ。よかったね」

 興味なさげに返事する。食べものを口にしたことがないから、その感覚がわからない。

 ゾンビにとっての栄養は、黄泉の湯にある生気だけ。

 夫婦は勝手に盛りあがる。

「あのようすさ、盆に出せても、恥をかくことねえんだな」

「そりゃそうよ。自慢の野菜たちですもん」

「それにしてば、イキビトのきれいな嬢ちゃんが、畑仕事をやるなんてなあ」

「すぐにへばって倒れちゃうから、わたしゃすごく心配で」

「コトリちゃん、畑の手伝いもしているの?」

 聞き捨てならないセリフを拾い、ミチは会話に入りこむ。

 ヤゴローのもとで運び屋を手伝っているはずだが、これはどういうことだろう。

 すると夫婦は苦笑い。

「あの嬢ちゃん、やる気だけはあんだがなあ」

「この暑さじゃあ、もたないわ。だから他のお仕事をさがすように言ったのよ」

「なるほどぉー」

 ミチは納得したように、目を開けながらうなずいた。

 運び屋は、村をいっぱい走りまわって荷物を届けていく仕事。イキビトのからだは体力がないので、ヤゴローはコトリに違う仕事をオススメするようにしたのだろう。

「あっ、リョウ」

 岩の奥から、短髪の少年があらわれる。迷いのない足どりで、ミチのほうへと向かってくる。

 前開きの単衣からは、ブリーフパンツが見えている。柄は今日もドラゴンだ。

 リョウは足から湯に入る。

「あのイキビト、いつまで村にいるんだよ」

 口調が少しトゲトゲしい。コトリになにかあったのか。

「お手伝いをさせろって言うから、工場の掃除をたのんだら、商品をぶちまけやがったんだ。なんだよあの、おっちょこちょい」

「あー、だから怒ってるの?」

「いや、腹が立っている。なんかよぉ、やるせねえ」

 単純な怒りと違うようで、リョウは頭をかいている。

「おれも怒られてばっかだから、自分を見ているようでさー。あそこまでヘマはしねーけれど、真面目でいいやつなんだよな。だからオヤジもあんまり強く言えなくて」

「そうそう、うちもそうなのよ」

「おいらのとこにも来ていたぞ」

 周囲にいた村人たちも、口々に話しはじめていく。

「どうにも要領わるくてねえ。やる気はあるのにもったいねえ」

「力仕事は無理だろうし」

「手先も器用じゃなさそうだし」

「ありゃあ、箱入り娘じゃな。愛されて育ってきたんじゃろ」

「なのに、どうしてゾンビなんかに、なりたがっているのかねえ」

 みんなして首をかしげている。

 ミチは会話を聞きながら、コトリについて考える。

 引っかかっているワード。

「箱入り娘って、どういう意味? そういうパズルは知ってるけど」

 真っ先に思い浮かべたのは、スライド式のパズルのこと。『娘』と書かれた大きなパネルを出口に導いていくゲーム。

 けれど、もともとの意味については、ミチは知らずに遊んでいた。

 老いたゾンビはカッカッと笑う。

「親に大事に育てられた、ご令嬢をいうんじゃよ。あまりに大事にされすぎて、箱に入ったモノのような、たとえになってしまったんじゃ」

「ふぅん、コトリちゃんはモノ……」

 そんな扱いをされていたなら、やりたいこともできないだろう。ただひたすら人形のように、かわいがられているだけだ。本人の意思とは関係なく。

 ――「みんなに必要とされてないなら、死んだほうがマシなんです!」

 あの言葉が、ミチとリョウの耳の中でこだまする。

「たぶんあいつ、なにもさせてもらえなかったんじゃねえのかな」

 リョウがぼそりとつぶやいた。だからコトリは自分のことを「役立たず」と言っていた。

 ミチは髪をお湯にひたして、立ちのぼる湯気を見つめている。

 その先には、夜の空。半分に欠けた月がある。

「あいつはきっと今のままじゃ、だめだと思っているんだよ。だから村にやってきた。ゾンビになれば、なにかひとつはできるだろうと信じて、だ。あいつは今、命がけでできることをさがしてる」

 リョウに賛同するように、村人たちはこぶしを作る。

「応援したい気分だわ。がんばりやでいい子だもん」

「見つけられるとええがなあ」

「おいらたちもやり方を、ていねいに教えてあげないと」

「うん、そうだ」

「村のみんなで嬢ちゃんを、立派な娘にさせるんだ」

「おれにも協力させてくれ!」

 リョウが身を乗りだして、村人たちと結束する。

 ――コトリ育成計画だ。

 ミチは頭を湯船に浮かべて「どうかなあ」と、ひとりごと。

 本当に求めているものが、もっと近くにある気がしていて、そっと目を閉じていく。

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