2 ゾンビになりに来たのかな?
去年の秋。
イキビトだったころのリョウは、テレビゲームが好きだった。自室にこもってばかりいて、家族との会話はほとんどない。宿題はもちろんするけれど、ヒマさえあればオンラインで対戦ゲームをやっている。夢中になると周りのことが、見えなくなってしまうのだ。
「お父さんは、外出していやすかな?」
学校から帰ったとたんに、知らない男が訪ねてきた。寝起きのようなボサボサ頭で、前髪が目にかかるくらい。男は父の友人を名乗り、ここ最近は何度も家を訪れるほどの仲だという。
リョウはまったく知らなかったが、男の言葉を軽く信じ、家にあがらせることにした。
母が男を目にしたとたん、
「今度はなんの用ですか」
身構えながら、けわしく問う。リョウは気にしていなかった。早くゲームをやりたいので、さっさと2階へ引きこもる。宿題をすぐに終わらせて、思いっきりオンラインでゲームを何時間もする。
これだけの、出来事だ。
ほんのささいなことかと思えば、これがはじまりだったのだ。
1週間ほど経ったあと。父は思いつめたように、荷物をまとめてこう言った。
「行くぞ、リョウ。あいつらが来る前に」
いきなり手をつかまれる。家の外へと連れられて、家族で夜道を歩かされる。はや歩き。
このまま闇に溶けこんで、戻れなくなってしまうのではと、だんだんと不安になってくる……。
「なんだよこれ。どういうわけか、説明しろっ!」
「すまねえ。あのときちゃんと断っていれば」
「だから言ったじゃないですか」
「しゃあないだろ。あいつには昔の恩がある」
「お人好しにもほどがあります」
母は父をとがめるものの、まなざしだけはやわらかい。リョウは、父が頼みごとを断われなかった性格だと、このときになって思い知る。
はめられた。父は根っこがやさしいから。あいつのせいで怖い人に追われるようになったのだ。――リョウはそう考えた。とたんに目が回りだして、あのとき男が訪ねたシーンを頭の中で再生する。何回も。
もし男を怪しいと疑っていたのなら。追いはらっていたのなら。
自分のことしか考えず、ゲームばかりをしていたリョウ。もっとちゃんと見ていれば、異変にさえ気づいていれば、不幸は避けられたかもしれない。
リョウは手を引かれながら、ある村へとたどり着く。気がつけばトロッコに乗っていて、青い肌の白髪の男がリョウたち一家を出迎えた。
「ようこそ、存美村へ。ゾンビになりに来たのかな?」
あいさつがわりに白髪の男は、とんでもないことをした!
頭を持ち上げ、切り離す。
……ありえない。ふつうの人間だったなら。
「うわあああっ!」
ショックのあまりに白目をむいて、リョウは気を失った。
しばらくして目を開けたら、知らない和室の中にいる。天井の梁にはクモの巣だ。
「リョウ。だいじょうぶか?」
父と母が近くにいた。青い肌の白髪の男はこの部屋にはいなかった。
はたしてあれはまぼろしか。マジックか。
母が重々しく言った。
「あの人は、存美村の村長さん。そしてここはゾンビだらけの天国と地獄の狭間の村。私たちはこの村へ逃れて心中しようと思います。リョウ、ごめんなさい。こうするしかないんです」
母はリョウを抱きしめる。大粒の涙をこぼしている。心中――つまり自殺なんて信じられないことだけど、そこまで家族は追いつめられてどうしようもなかったのだ。
(おれの、せい……?)
こうなる前にとめるチャンスは、いくらだってあったはず。
家族と会話していれば。周りをちゃんと見ていれば。
本当は、気づいていないわけじゃない。気づかないふりをしていただけ。
だからリョウは覚悟を決めて、父と母の手をにぎる。
「わかった。おれもいっしょに心中する――」
☆
リョウたち一家が引っ越してから、もうすぐ10ヶ月になる。
存美村では心中とは、ゾンビになるという意味だ。リョウはヒミツ基地の中で、自分の胸へと手を当てる。――心臓はとまっている。この命と引きかえに、家族の幸せを手に入れようと、リョウはゾンビになったのだ。
ところがミチの反応は、
「ゲームをやって後悔なんて、あたしにはありえないけどなぁー」
こんなぐあい。
「リョウがゾンビになってくれて、あたしはすっごくうれしいよ。だって、友だちが増えるもん」
「ふんっ」
リョウは顔をそむけながら、そろそろと立ち上がろうとする。浮足立っているようすで。
「もう行くの? ぜんぜん遊んでいないのに」
「からだが渇いてきたからな」
ミチは「えーっ」と不満そう。「それに」とリョウはつけたした。
「遊ぶ気は、ねえーっての。温泉に軽く浸かったら、気を引きしめてやりなおす! こうしちゃいられねーんだよ」
「そんなあ……」
肩を落として、しょんぼりする。リョウは行ってしまうのだ。
ミシッ……ギギッ……
天井から音が鳴る。ドーム状に覆ったツルが、細くなって切れそうだ。
「なんだ?」
リョウのちょうど真上から。粉がパラパラ降ってきた。
ツルが切れ――。
――ズドンッ!
リョウが重みでつぶされた。降ってきたのは、人間だ。純白のワンピースと華やかな帽子を身につけて。
「きゃあっ、びっくりしました……」
「きみ、だれ?」
ミチは眉をひそめて言う。ヒミツ基地に穴があいて、少し腹を立てている。
それだけでなく、この少女は。
「イキビトだよね。ゾンビになりに来たのかな?」
日に焼けていない肌の少女は、村の外からやってきた。
フリルのついたワンピースが、土によごれてしまっている。
右手の甲には、ヤケドの跡。
存美村を訪れる人は、誰もがひと癖あるものだ。
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