ゾンビキッズは遊びたいっ!
皆かしこ
1 存美村のヒマ娘
「高いたかぁーい」
ミチは自分の生首を、夏の空へと投げ上げた。
風船みたいな気分になって、近くの木さえもとび越える、――ちょっとだけ。
ふつうの人にはできないけれど、ミチはゾンビでまだ子ども。ゾンビのからだは粘土のように、自由自在に切り離したりくっつけたりもできるのだ。痛みなんて感じない。
だからミチはこんな遊びを思いついてしまっている。高いところはおもしろいから、頭を投げれば視界だけでも、空を飛んだ気になれる。
「わぁーっ!」
畑が小さく見えたと思えば、ふわりととまって急降下。地面では、首から下がキャッチしようと構えている。
あっちへふらふら。こっちへふらふら。
「あれ? あれれ?」
どこに落ちるかわからない。だってからだに目はないから。
頭が地面に吸いこまれる。もっともミチはゾンビだから、衝突しても平気だが。
――ストン
青白い腕へと、おさまった。
通った声が降りかかる。
「だいじょうぶ?」
「ありがと、ヤゴロー」
ミチは少年をこう呼んだ。ヤゴローもゾンビである。ミチより頭ひとつ高い。
背中にリュックを背負いながら、サッカーボールを蹴っている。さらには肩掛けカバンまで。荷物が多くて重そうだ。
「ミチ。切り離すときは、気をつけて」
「はーい」
ヤゴローはサッカーボールをミチの首へと乗せていく。……それじゃない。
「もうっ、あたしの頭、返してよ!」
「はいはいっ」
今度はちゃんと、ミチの頭を交換してくっつけた。首はきれいにつながった。ミチは感触をたしかめるように、ぐるぐると頭を横回転。こりてない。
「やめなさい」
ヤゴローが上からピタッととめると、ミチのほっぺがふくらんだ。
「それと、もうすぐお盆だから、ゾンビらしさはひかえてね。この村に来たイキビトたちがみんなひっくり返っちゃうよ」
「あたしは会わないからいーもん。お盆には、参加しない」
ゾンビたちは、村の外の人間たちを「生きている人」――イキビトと呼んでいる。
ゾンビはもとはイキビトだ。イキビトの世界で絶望したり、暮らせなくなった人間たちが、村を訪れ、ゾンビになる。
けれどお盆で訪れる人はゾンビになるのが目的ではなく、ゾンビになった村人たちの家族や知人が会いにくる。
ヤゴローはこの日を楽しみにしていて、お祭りの準備で大はりきり。
外に肉親がいないミチには、かえってつまらないイベントだ。お盆以外のお祭りだったら思いっきりはしゃぐけれど、これだけは乗り気になっていない。
毎年、そう。
「あたしは隠れているからいい。ヒミツ基地……ううん、リョウの家でゲームするもん」
去年の秋に引っ越してきた、友だちを思い浮かべて言う。
リョウの家庭は両親ともにゾンビだから、お祭りに行く必要はない。
ところがヤゴローは水をさす。
「それならついでにリョウの家族を守ってくれるとうれしいな。取り立て屋まで入ってくるから、リョウのところは大変だよ」
「う……、そうだった」
一家がゾンビになった理由は、多額の借金を背負ったせい。まるで心中をするかのように家族ごと村へと逃げてきた。
村でリョウの父親は、小さな工場を経営していてネジ作りに励んでいる。ゾンビに生まれ変わっていても、借金がなくなるわけではないので返さなくてはならないのだ。
ミチは苦そうな顔をする。
「やっぱり行くのはやめようかな。楽しくなさそう」
「そんなこと言わないでよ。リョウにもしものことがあったら、遊び相手が減っちゃうよ?」
「そんなのやだ!」
「だったらリョウたち、守ろうよ。ゲームだと思えば楽しいよ?」
「ゲーム? そういうミッションならやるよっ!」
遊びやゲームのことになると、ミチはとたんにやる気になる。
「ねえ、遊ぼっ」
「あとでね。配達が終わっていないから」
「荷物ぜんぶ届けるの? 今日中に?」
「この時期はいそがしいんだよ。大事なイベントなんだから」
ヤゴローはまだ13歳だが、運び屋の仕事をやっている。リュックや肩掛けカバンの中身は、お祭りのための材料や工具などでいっぱいだ。たとえば広場の飾りつけ。ステージを建てたり、料理やジュースを用意したり。
ゾンビは食事をしないけれど、イキビトのためのイベントだ。おもてなしは欠かさない。
「きびしいなあ……」
重い息。ヤゴローは、浴衣のえりから小冊子を取りだした。カタログだ。
手紙がはさまったページをめくり、表情をくもらせる。左手首の電子ウォッチと見比べながら、つぶやいた。
「8000ポイント集めなきゃ……。5000ポイントなら間にあうのに……」
「昨日、値上げされたんだよね。あたしもおもちゃ欲しかったなー。音が鳴って光るやつ」
ミチの電子ウォッチには、10ポイントだけしか入っていない。おこづかい。値上げがなくてもたりていないが、がむしゃらにかせぐ気もなさそう。
ヤゴローのほうは、そうはいかない。
「お盆までに、花火を買っておきたいんだ。去年は余裕だったけど、今年はがんばってかせがなきゃ……」
この時期になるとヤゴローは、お祭りに花火を打ち上げる。しかも自分で絵や文字をデザインできるタイプのもの。村の外から会いにくる家族をよろこばせたいため、らしい。
「あのさ、ミチ……」
「ばいばい」
言いかけたヤゴローをさえぎって、手伝うことなく振りきった。
急ぎ足で歩いていく。遠くに広場が見えてきて、しまったと口に手を当てた。
お盆祭りの準備中で、あまり見たくはないものだ。
方向をあわてて変えて、ヒマワリ畑に入っていく。今日も日差しはとても強い。こんなに熱い夏の日でも、ゾンビの体温は低いまま。
「つまんない」
土を蹴る。遊び相手がいないから、あくびが出るほど退屈だ。みんなお盆の準備のために、いつも以上に仕事する。親代わりとなるゲンシンも、村長だからこのイベントをないがしろにはできないはず。いそがしすぎて数日間は家にも帰ってきていない。
「あたしには、わかんないや」
村の外の世界のこと。ミチは物心つく前から、ずっとゾンビで村にいた。ミチ以外の村人たちはイキビトだった記憶があって、広い世界を知っている。関わりを嫌がるゾンビもいるけど、彼らもたまに知らない歌を懐かしむように口ずさむ。
ミチには思い出なんてない。村の中しか知らないから。
ヒマワリ畑のつきあたりに、大きく茂った山がある。ミチは山の中へと入り、ケヤキの合間をぬっていく。ところどころに木材が積み重なって置いてある。
「あった!」
傷のついた幹を発見! 『55』という字が彫られている。丸い字体。
ミチが考えた暗号で、謎が解けたらヒミツ基地に入れるようになっている。重かった気分はすぐに忘れて、暗号へと取りかかる。
「太陽の位置はぁーっと」
時刻は午前の10時ごろ。時計を持っていなくても、からだの感覚でなんとなく時間がわかってしまうもの。田舎育ちのゾンビには、自然と身につく能力だ。
「こっちが南!」
太陽の傾きで、すぐに方角を割りだした。ケヤキの幹に背中を向けて、「いち、に……」と、5歩数える。小さな丘の段差があって、根っこが上からたれている。ミチは頭を前に突きだし、根っこをかき分けもぐりこむ。中はトンネルになっている。ヒミツ基地の入口だ。
中腰になって進んでいくと、ドーム状の空間に出る。背丈の高いツル草が周りをぐるっと囲んでいる。すき間からは日光がもれでて、部屋の色味があたたかい。
だけどすみっこに追いやられている、新聞紙たちがものさみしい。
ミチは先客がいたことに気づき、腹立たしく呼びかける。
「ちょっとぉ。なんで解いてしまってるの!」
「『55』じゃなくて『S5』だろ。あんなの簡単だっつーの」
そこにいたのは、ネジ屋のリョウ。寝返りをしてミチへ向く。4のような方位マークを指で土へとなぞっていく。下の部分に○つけて。
「Sって南のことだろ? だから南へ5歩って意味」
「うわーん。あたしのヒミツ基地19号ぉぉーっ」
「……作りすぎだろ、ヒミツ基地」
「あいつがやっと出て行ったのに、リョウに見つかっちゃうなんてっ。……しょうがない、きみもネコネコ小隊の隊員に任命しちゃいましょう!」
「……ああ、例のぬいぐるみか。…………」
ふんぞり返るミチを見ながら、リョウは大きなあくびをする。どことなく彼は無気力そう。
ミチは気を取りなおす。
「今日はサボり? だったら遊ぼっ!」
「ちげーっての。休憩だ。眠れねーからあっち行け」
「ゾンビは寝なくていいんだよ。寝るのなんてもったいないから、あたしといっしょに遊ぼうよ!」
「うるせーな」
リョウはまた寝返りをうって、ミチに背中を向けてきた。口がわるいのはいつものことでも、なんだか元気がなさそうだ。はたらき者のリョウなのに、温泉以外で休憩なんてめずらしい。
「さては、なにかあったかな?」
「うっ」
ミチは遊びをひとつ見つけて、くちびるの端をつり上げる。
「さて、クイズ! リョウがサボった理由はなぁーに?」
「サボりじゃねー。ってか、だまってろ」
リョウの口調がけわしくなるが、ミチはかまわず続けて言う。
「たしかリョウってオヤジさんの弟子になってるんだよね。ネジ作りのお手伝い? 借金を返すためだっけ」
「だまれ」
「さては怒られちゃったかな? 工場の機械を壊したとか」
「うぐっ」
図星らしい。ミチはクイズが当たったので、「ビンゴだね」と大よろこび。
リョウの背中が丸くなる。
「……ああそうさ。追い出されたよ。おれじゃ足手まといだとさ」
「だったらやらなきゃいいんじゃない? いやなことはパァーと忘れて、楽しくゲームをしちゃおうよ」
「おめーとは違うっての。おれはただ、あのときのように後悔したくないだけだ」
リョウの抱える後悔は、あちらの世界で生まれたもの。
ゾンビになった今でもまだ、引きずっている過去がある――。
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