第50話
夏休みのとある日。駿と渚を俺の家に招き、勉強会を開いて氷岬に勉強を教えてもらった。
勉強会が終わった後、氷岬が飯を作るというので、俺と駿は食材の買い出しへ出ていた。
「そうか、上手くいったんだな」
「ああ、親父とおふくろに頼んだらあっさり了承してくれたよ。手続きも済ませて雪姫はもう俺の妹だ」
「良かった。心配してたからな。こればっかりはお前の親父さんにとおふくろさんに感謝だな」
駿が頬を緩めながら、息を吐く。
「それで、お前はどうするんだ。雪姫のこと諦めないのか」
「諦めるよ。さすがにご両親が亡くなった傷心につけこめるほど、俺はずぶとくないんでな。それに今の氷岬さんの目はお前に向いている。勝ち目ないね」
「そりゃそうだ。雪姫は俺が好きらしいからな」
「へっ、言ってろ。それでもお前は汐見さんを選んだんだろ?」
「ああ、自分の気持ちに蹴りはつけた」
「まったく、汐見さんと付き合いながら氷岬さんにまで色目を使ってるのを知った時には、俺はお前を殴ろうとさえ思ったよ。親友の気持ちを知っておきながらよ」
「すまん」
「まあでも、もう決着はつけたんだろ。この優柔不断男が」
駿に小突かれる。これぐらいは甘んじて受け入れよう。本来なら殴られても文句は言えない行動を俺は取っていたのだから。
「ああ。迷惑を掛けたな」
「本当だわ」
駿は笑いながら前を行く。俺もその背中を追って、走った。
※
拓海くんと金子くんは買い出しに出ている。家に残ったのは私と汐見さんの二人だけ。こんな機会は滅多にないし、汐見さんに謝っておかなければならないことがある。
「汐見さん、ちょっといいかしら」
「うん、私も丁度氷岬さんに話したいことがあったんだ」
そう言って汐見さんはリビングで私と向かい合って座った。
「私から話してもいい?」
汐見さんが口を開く。私は頷き、汐見さんに先を促した。
「氷岬さん、拓海くんのこと好きになっちゃった?」
それは薄々感じていた問いだった。バレているんじゃないかと思っていた。私のこの気持ちが周囲に漏れているんじゃないかと思っていた。
「ええ、その通りよ」
「やっぱり。最近の氷岬さんが拓海くんを見る目、ちょっと変わったから」
勉強会で一緒になっていただけなのに、あっさりと見抜かれるとは、感情が見えないと言われた私はもういないのだろう。今までは感情が表に出る程、強烈な揺さぶりを味わってこなかっただけ。それだけなのだ。
「でも、ごめんね。拓海くんは私のだから。あげないよ」
「わかっているわ。そんなこと。もらおうだなんて思っていない。でも、あなたに謝らなければいけないことがあるの」
私はそう言って、両親を火葬した日の夜のことを話した。拓海くんに襲い掛かったこと。キスをしたこと。体を委ねようとしたこと。全てを話した。こればかりは、隠しておくのは卑怯だと思ったからだ。
話を聞き終えた汐見さんは悲しそうに目を伏せた。どんな罰も受けるつもりだ。
「そっか。そこまでやっちゃったんだ。わかるけど。いや、私は氷岬さんの状況になったことないからわからないけど。でも寂しい気持ちはわかるけど! それはやっちゃダメでしょ」
汐見さんの𠮟責が耳に響く。本当に耳が痛い。我ながらとんでもない行動をしたと思う。
「でも、はっきりと拒絶しなかった拓海くんも悪いよね。あとで問い詰めてやろう」
ごめんね、拓海くん。汐見さんを怒らせちゃったわ。
「まあ、それはあとで拓海くんを叱るからいいとして、その話をどうして私に?」
私は決めたのだ。生涯、拓海くん以外を愛さないと。だからその拓海くんと番になっている汐見さんには伝えておかなければと思った。
「私がどれぐらい拓海くんを愛しているかを知ってほしかったの。だからちょっとでも隙を見せたらかっさらちゃうよって」
「そういうこと。警告してくれたんだ。なら安心して。そんなことにはならない。私と拓海くんはずっとラブラブだよ」
互いに笑い合う。
「ただいま」
拓海くんたちが帰ってきた。
「ちょっと拓海くん、話があるんだけど二階に来れる?」
「お、おう」
汐見さんが拓海くんを連れて2階へ行った。これから説教だろう。
「氷岬さん、飯の用意手伝うよ」
金子くんが手伝いを買って出てくれる。
「ありがとう」
この家でのこんな日常がずっと続けばいい。私は拓海くんの1番にはなれなかったけど、家族にはなれた。今はその絆があれば救われる。
でもいつか、汐見さんとの関係に亀裂が入ったのなら、私は遠慮せずに拓海くんを奪うだろう。それまでは手のかかる妹として、拓海くんの側にいる。私を拾ってくれた、心優しき飼い主のもとに、ずっと。
捨て女子を拾ったら、結婚を迫ってくるんだが オリウス @orius_novel
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