第11話
普段学校に通っているのが急に休みになると、意外にやることがなかったりする。勉強もなんだかやる気が起きないし、ゲームでもするか。そう思って自室に籠ろうとしたら、氷岬が背後にぴたりとくっついて離れない。
「おい、なんのつもりだ」
「ゲームをするのなら一緒に遊ぼうかと思って」
どうやら部屋まで付いてくる気らしい。まあ、ゲームは複数で遊んだほうが楽しいし、別段拒否する理由もないので、俺は氷岬を部屋に招き入れた。
「それで、お前ってゲームできるのか」
「できないわ」
そんな自信満々に言われてもな。要するに俺が初心者プレイをする必要があるということだ。これじゃ休みを有意義に過ごせなくなるな。
「だから、ご指導お願いね、拓海くん」
でも、まあいいか。こいつなりに俺を退屈させまいと考えた末での行動だろうし、その優しさには乗っかっておくべきか。
有名なファミリーゲーム『大乱戦スマッシュシスターズ』というゲームを取り出す。これは最大4人対戦が可能なアクションゲームで、子どもから大人まで幅広い年代に支持を得ているゲームだ。
氷岬は初心者なのでコンピューターも交えた4人対戦で遊ぶとしよう。操作を一通り教え、いざ実戦へ。氷岬はゲーム初心者とは思えないスピードで上達していった。最初の戦闘でコンピューターを叩き落とし、おもしろさに目覚めたのか、色々な技を試し始め、ついには俺を一基撃墜するという離れ業をやってのけたのだ。
「やるな、氷岬」
「この休日、あなたを退屈させるわけにはいかないから」
にやりとほくそ笑んだ氷岬はコントローラーを手に取ると、次の対戦へと移行する。大分氷岬も慣れてきたみたいだし、ここはタイマン勝負ってのもおもしろうそうだ。
「身の程を教えてやるよ」
「師匠は越えられるために存在しているのよ。知らなかった?」
そんな挑発の応酬を繰り広げる俺たちは、それぞれキャラ選択を済ませると、ステージ選択に移る。ステージは何も障害物のないまっさらなステージを選んだ。この方が実力がはっきりでるからだ。氷岬に、初心者に負けるわけにはいかない。
戦闘開始の合図とともに、俺は氷岬の操作するキャラに襲い掛かる。巧みな技のコンボを繋げて、氷岬に反撃の余地を与えない。
だが、氷岬はほんのわずかな俺の隙を突き、反撃へと転じてくる。状況が不利へと転じたことを悟った俺は一旦距離を取り、遠距離の攻撃を仕掛けるがこれも読まれていたようで、氷岬は一気に距離を詰めてくる。
その速度に対応できなかった俺は、コンボを決められ、あっさりと一基撃墜されてしまう。
「まだまだ」
仕切り直しの一戦。俺は遠距離での攻撃で氷岬と一定の距離をキープしながら、相手のダメージだけを増やしていく作戦に移行する。この作戦がハマり、氷岬はダメージだけが蓄積されていく。ようやく遠距離攻撃の網を突破してきた氷岬を待っていたのは、俺の華麗なスマッシュ攻撃だった。クリーンヒットした氷岬はそのまま場外へ吹っ飛ばされ、一基減る。
勝負は互角。
「まさか今日スマシスを始めたばかりの初心者がこれだけ上達するとは思わなかったぜ」
「私もゲームってもっと簡単なものと思っていたけど、案外難しいのね」
互いににやりと笑い合う。予想以上に俺と氷岬の腕は拮抗している。もしもこいつがこれからスマシスの練習を積んだら、プロ級の腕前になるかもしれない。そんな恐ろしさすら感じた俺は、今日はここで叩き潰すことを改めて決意する。
新しく復活した氷岬のキャラ相手に俺は引き続き遠距離から攻撃を仕掛ける。だが、最初の復活してすぐの状態は無敵モードだ。攻撃が通ることはない。その隙を逃す氷岬ではなく、一気に距離を詰めて近接戦闘に持ち込んでくる。
それに応じる俺だが、近接戦闘ではやはり氷岬の方に分があるようだ。攻撃を受けながら、俺は顔をしかめる。このままではコンボを決められ、また撃墜されてしまう。なにか、なにか打開策はないか。
そう思っていた矢先、偶然指先がカウンターのコマンドを入れた。これ以上ないタイミングでカウンターが入り、氷岬に隙が生まれる。ここを逃す手はない。
俺は一気に踏み込み、連撃を叩きこむ。隙を作らないように細心の注意を払いながら、攻撃コマンドを入力していく。
一切の隙を作ることなく、コンボが完成。氷岬を場外へ叩きだす。氷岬は復帰を試みるが待ち構えていた俺に真下に叩き落とされジ・エンド。これで氷岬の残基は残り一。俄然俺が有利になった。
氷岬は復活すると無敵モードの間を利用し、一気に俺に接近すると攻撃を叩きこむ。だが、次に隙を作った時がお前の最後だぜ、氷岬。俺は余裕の表情を浮かべながらその時を待つ。
だが、結果的にその隙は訪れなかった。完璧な動きで俺の動きを封じた氷岬は、ノーダメージで俺のキャラを叩き落とした。これで互いに残基は一。あとは最後のこの一戦の結果で、全てが決まる。
俺はこれまでのスマシス人生の中で一番の集中力を発揮し、コントローラーを駆った。
「私の勝ちね、拓海くん」
負けた。完敗だった。やはり近接戦闘に持ち込まれたら、氷岬には勝ち目がなかった。恐らく次戦っても負けるだろう。それぐらい氷岬の上達速度は常人を超えていた。
「まあ、それでも楽しませてもらうとするかな」
それから俺は1日かけてゲームを楽しんだ。対戦を重ねれば重ねる程、氷岬は実力をつけていったが、俺も成長していったようで、意外にも戦闘は白熱する展開が多かった。まあ、結果は負けるんだけどな。
「お前、プロゲーマーでも目指してみたらいいんじゃね」
「え? いいわよ。私は今ぐらいの強さで満足よ」
「なんで。普通もっと強くなりたいって思うもんじゃねえの」
ゲームなんて上達すればするほど、楽しくなるもんだと思っていたけど、そうじゃねえのか。
「私は今ぐらいの強さのほうが、拓海くんと楽しくゲームできるから」
そうしおらしく言われると、悪い気はしないな。確かにめっちゃ強い奴とゲームしてても一方的過ぎて楽しくないか。
「馬鹿言うな。俺が上達すればいいだけの話だろ」
男として引きたくない一線ってのがある。それが今だ。今なのか? いいや、これはただの見栄だな。
「ふふ、だったらせめて今の私に勝てるようになったら、私もゲームを練習するわ」
「言ってろ。そのうちあっさり勝ってやるからな」
セリフが完全に負け犬のそれだが、気にしない。
最初はどうなるかと思ったが、氷岬とのゲームは意外にも楽しかった。俺を退屈させないといった氷岬の目論見は成功といっていいだろう。
こうして、停学の日々は過ぎていく。
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