第12話
停学2日目の夕方。自宅のインターフォンが鳴った。
「はいはーい」
受話器の画面で確認すると俺の学校の制服を着た男子生徒がでかでかと映っていた。
「拓海―元気してるー遊びにきちゃった」
そう言ったのは悪友、金子駿だった。どうやら見舞いに来てくれたらしい。だが駿にはまだ氷岬がここに住んでいることを話していない。氷岬は学校を休んでいるし、ずっと一緒にいたのがバレるが、別に駿にバレたところでさしたるダメージはない。入れても問題ないだろう。
そう思って俺は玄関まで下りていくとドアを開ける。するとそこには予想外の人物が立っていた。
「こ、こんにちは、藤本くん」
「し、汐見⁉」
どうやら駿の影に隠れてカメラに映らなかったようだ。まさかの汐見の訪問に俺は脳がフリーズする。
「あら、汐見さんに金子くんも拓海くんのお見舞いに来たの?」
奥から氷岬が顔を出す。どうやら一瞬で状況を理解してくれたらしい。自分もお見舞いに来た体で話を進めるようだ。
「よく言うぜ、氷岬さんも学校を休んでるくせにー。どうせ恋人同士ずっと一緒にいたんだろー」
駿がからかうような口調で言ってくる。それに氷岬は微笑みで返すと、二人を中へ招き入れた。家主の俺がフリーズしているから代わりに先導してくれたようだ。
俺は駿の肩を引き寄せ、耳打ちする。
「おい、汐見が来るってどういうことだよ」
「俺の粋な計らいさ。汐見さんもお前のこと心配してたからさ。だったら俺がお見舞い行くの一緒に来るって誘ったら一発よ。脈あるんじゃねえの」
脈がある。そう言われると嫌でも興奮してしまうが今の俺は氷岬の恋人だ。ここの関係を清算しないまま汐見に告白はできない。あの時はどうかしていたのだ。
だが、駿には感謝だ。どんな理由であれ、汐見が、好きな女の子が俺の家に来てくれた。それだけで、心躍る展開だ。
とりあえず2人をリビングへ通す。お茶を出して四人テーブルで向かい合った。
「へえ、藤本くんって綺麗好き? 結構片付いているね」
汐見がリビングを見渡しながら言う。
「ま、まあな」
悲しいかな。俺は汐見の前でつい見栄を張ってしまう。本当はつい最近まで目も当てられない状態だったのだが、氷岬が綺麗に片付けてくれたのだ。
氷岬を見ると口の端を上げてにやりと笑っていた。後で何か奢っておくか。
「それで、ふたりとも、わざわざ様子見にきてくれたんだな。ありがとな」
「いいってことよ。お前が停学になるのこれで何度目かわからねえしな。おかげで、クラスの美少女2人とお近づきになれたんだ。悪いことばかりじゃねえよ」
駿はそう茶化しているが、実際にありがたいことだと思う。駿は中学の時から俺が停学になるたびにこうして様子を見に来てくれた。いい友達だ。
「私はね、あー藤本くんまた喧嘩しちゃったんだって思って最初はちょっと怒ってた」
「そうだよな。もう喧嘩はしないって、汐見と約束したのにな」
「ほんとだよ。それなのに喧嘩しちゃうんだもん。藤本くんはしようのない人。でも、理由を聞いて、やっぱり藤本くんだなって思ったの」
汐見は頬を赤らめながら、俺をじっと見つめてくる。その真っすぐな瞳に俺の心を見透かされているような心持ちになる。俺は誤魔化すように頬を掻きながら、汐見に言う。
「どんな理由があっても喧嘩は喧嘩だ」
「うん、喧嘩は喧嘩だ。よくないことだ。だけど、誰かの為に怒れる藤本くんは、やっぱり優しいね」
汐見の微笑みは、俺の廃れた心を癒してくれる。やっぱりこの子のことが好きで良かった。この子の為なら、俺はどんな辛いことだって乗り越えられる気がする。
「それで、氷岬さんは学校をサボって、拓海とずっと一緒にいたわけ」
「ええ。私の大好きな人が私の為に停学になったんだもの。私も一緒に苦難を受けるのが道理よ」
駿の問いに氷岬は悪びれる様子もなく淡々と答えた。
「ひゅー、お熱いねー。それにしても氷岬さんはずいぶんこの家に慣れているみたいだね」
何か疑われるようなことをしただろうか。俺は冷や汗が噴き出るのを感じる。
「どうしてそう思ったんだ」
「いやなに、お茶を入れる時に何のためらいもなく食器棚からコップを取り出したからさ。あ、相当入り浸ってんなこれはと思いまして」
駿の観察眼を侮っていた。これは迂闊と言わざるを得ない。俺はため息を吐きながら、氷岬の肩を抱いた。
「ま、まあなー。俺と氷岬はラブラブだからな。暇さえあれば一緒にいるんだ」
「そうなのよ。人前では気を付けているのだけれど、さすがね金子くん」
駿にはまだ事情を話せていないからこうするしかない。下手に否定して勘繰られるより、素直に認めてしまった方が妙な詮索をされずに済むだろう。汐見の前でラブラブアピールをするのは心苦しいが。
「そうだ。忘れないうちに。これ良かったら使って」
そう言って汐見がノートを数冊差し出してくる。
「これは?」
「今日の授業のノート。藤本くんの為に取っておいたから、映して」
まさか俺の為にここまでしてくれるなんて。汐見、なんていい子。俺は恭しくそのノートを受け取ると、汐見に深々と頭を下げた。
「悪い、恩に着る」
「うん、いいよ。明日からもノート届けるから、ちゃんと写してね」
「勿論。ありがとな、汐見」
「ううん、友達なら当然だよ」
友達、友達かー。なぜだろう。汐見の何気ない一言がぐさりと胸に突き刺さる。
だが、俺に向けられた汐見の優しさは本物だ。今はそれで満足しておこう。
「そうだ汐見さん、どうせここまで来たんだ。拓海の部屋見て行きたくねえ」
「え、うん、藤本くんが迷惑じゃなければ」
控え目に頷く汐見を見て俺の可愛いセンサーがびんびんに反応しているが、今は無視しておこう。汐見が俺の部屋に来る。今はその緊急事態に対処しなければならない。
「俺の部屋。別に俺の部屋っていっても特段変わった物なんてねえぞ」
「それでも見たいな。藤本くんがどんな部屋で生活しているのか」
汐見は乗り気になっている。大丈夫だよな。変な行為も直近ではしていないし、(氷岬が)ゴミもきちんと処理しているはずだ。
俺は3人を部屋に案内する。
「へえー、本当に藤本くん綺麗好きなんだね」
俺の部屋を見た汐見の第一声はそれだった。すまん、汐見。本当の俺はここまで綺麗好きじゃない。全部氷岬のおかげだ。
氷岬を見ると、また口の端を上げてにやりと笑っていた。はいはい、わかっていますよ。後でなんか奢らせていただきます。
アイコンタクトで会話する俺たちを置いて、汐見は部屋の真ん中にちょこんと座った。
「エロ本探ししようぜー」
駿が早速本棚を物色し始める。
普通ならここはえっちな本が見つかるんじゃないかとか秘密のコレクションが見つかるんじゃないかと慌てふためく場面だろう。だが、その心配はいらない。なぜなら俺のえっちなコレクションは全てスマホの中にあるからだ。今時紙媒体で保管するなんて愚の骨頂。
「んー見つからねえな」
「そんなもんは持っていないからな」
「まあ、俺なら本じゃなくて動画派だから、スマホに保管するけどな。てなわけでスマホを調べさせて」
「誰が見せるか」
駿の洞察力には恐れ入る。俺は舌を巻きながら、スマホをポケット深くに捻じ込んだ。
「飲み物でも入れてきましょうか」
そう言って氷岬は部屋を出て行く。部屋に残ったのは俺、汐見、駿の三人。すると汐見がベッドに興味を示した。
「わあ、藤本くんってベッドなんだ。羨ましいな」
「汐見って布団なのか」
「うん、うちは布団。だからベッドが羨ましいんだ。ちょっと寝てみてもいい」
「ああ、別にいいぞ」
そう言うと汐見はベッドで横になる。大きく息を吸い、その寝心地を確かめる。そして一言、
「女の子の匂いがする」
俺は頭が真っ白になった。
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