第3話
突然扉が開いた。現れたのはクラスメイトの三浦くんだ。
「あれ、涼香ちゃん、早いね。」
三浦くんは、中学生にもなって女の子を下の名前で呼ぶ。また、三浦くんは少し太っているということもあってか、よく女子たちの間でキモイと話題になっている。でも、私は全く気にならない。
「私、今日日直だから。」
「そかそか、お疲れさん。」
私が三浦くんに背を向けたまま黒板を消し続けていると、彼はまた口を開いた。
「ねえ涼香ちゃん、抜毛症って知ってる?」
ドクン。心臓が大きく跳ね上がる。
「え、なに?」
「昨日テレビでやってたんだ。なあ、涼香ちゃんってさ、」
三浦くんが近づいてくる足音が背後から聞こえる。うしろでかなり近い距離に三浦くんが立っていることが、気配でわかった。
「まつ毛、ないよね。」
「そ、それがどうかしたの?」
「涼香ちゃんってさ、抜毛症だよね?」
三浦くんは私の視界に飛び込んできた。そして私の目をまっすぐ見つめながら言う。
「俺、見てるからね。授業中、涼香ちゃんがメガネ外して目いじってるところ。」
「それは、たまたま目にゴミが入っただけで、」
「ゴミが入ったのなら、普通は目をいじるんじゃなくてこするだろうさ。
昨日見たんだよ、髪の毛やまつ毛をプチプチ抜くことがやめられない病気があるってことを。それで思い出したんだ、涼香ちゃんのこと。いつも静かで真面目な涼香ちゃんだけど、ときどきメガネ外して授業が上の空になってることあるよね。そういう時、決まって君は目をいじってた。ずっと不思議に思ってたんだよ。何してるんだろうって。昨日のテレビで見た患者さんの再現ドラマと涼香ちゃんは、すごく似てた。」
「全部、三浦くんの勘違いよ。」
私はしどろもどろになっている、それはわかってるけど、なんとか取り繕わなくちゃいけないように思える。うまくいっているかどうかは、自分でもわからない。涙がじわじわと溢れ出してきて、今にもこぼれ落ちてしまいそう。
「何か辛いことがあるなら、言った方がいいよ。僕に対しては無理かもしれないけど、誰かに打ち明けた方がいいよ。だって、涼香ちゃんが苦しんでいるって知ってるのに、見て見ぬフリをするなんて……僕は嫌なんだ。」
私は後ろを向いた。顔を隠すためだ。三浦くんに見られたくない。自分は病気なんだって、頭ではわかっているんだけど。
「涼香ちゃん、僕が言ったこと復唱して?」
「なんで?」
「いいから、とにかく復唱して。はい、『た』」
「た」
よくわからないまま、とりあえず三浦くんに従った。
「す」
「す」
「け」
わかった。三浦くんは私に無理やり「たすけて」と言わせようとしているんだ。たすけて、たすけて、たすけて。私はその言葉を頭の中で反芻する。言えるように、手伝ってくれてるんだ。
「た、た、たすけて……」
「よくできました。」
言えた……。初めて、言った。
視線だけを移動した。彼はにっこりとほほ笑んでいた。
綺麗な瞳をください。 紫田 夏来 @Natsuki_Shida
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