第2話

 いじめを受けていたあの頃。小学5年生の時。私はついにその事実を隠し通した。でも、苦しいという言葉を飲み込んだ回数に比例して私のまつ毛の本数は少なくなっていった。左目だけでなく右目にもおよんでしまった。

 今思えば、あの時意地を張らないでお母さんに相談していればよかったと思う。

 私をいじめていた子たちは中心人物だった子が中学受験して私立の学校に進んだせいで、中学生になったころにはいじめグループはグループでなくなっていた。でも、5年生から2年間に渡っていじめられた私の記憶は消えない。癒えない。

 今もなお忘れることのできないあの頃のこと。助けてと言えば誰かが助けてくれたのかもしれない。でも、私は相談する勇気を持っていなかった。トラウマと呼ぶほど深刻なものじゃないけど、私は今も辛いんだということはわかる。でも、それは頭で何となく理解できるという程度で、本当に理解しているわけじゃない。辛いってどういうことなのかわからなくて、だから、今の私が辛いのかどうかも判断できない。

 私は手と顔を洗い終わると鏡の前から立ち去った。お菓子が保管されている棚を開けて、なにか好物があるかどうか確認する。残念ながら、小学生の弟用の駄菓子ばかりで、私の好きなものはなかった。

 私は、悩んでいるのだろうか。睫毛を抜いてしまうというクセのことを、私は悩んでいるのだろうか。

 分からない。どうしても、私にはわからない。

 私はソファのどっかりと腰掛けると、テレビをつけた。今日はさいわい各科目の宿題は出ておらず、1日中だらだらしていた。


 翌朝、私はまた洗面所にやってくる。顔を洗って、身支度を整えるためだ。まつ毛の生えていない瞳を見つめても、まつ毛が生えてくるわけじゃない。ただ見つめるだけで、まったくもって意味のない行為だけど、どうしても抜くことがやめられない以上はこうして見つめることもやめられない。まつ毛のコンディションを確認することをやめたら、自分が崩壊するような気がしてる。

 制服を着て、リビングへ行く。母は私よりはるかに早い時間に家を出るので、そして父親はいないので、普段は私と弟の二人だけで朝ごはんを食べる。今日は私は日直なので、いつもより早く家を出なければならない。弟にキチンと戸締りをしてから家を出るよう言い残して、私は先に登校する。教室にはまだ誰もいなかった。

「おはよう」

 相手はいないけど、なんとなく私は声を出した。こんな私でも受け入れてくれてありがとう、教室さん。私は昨日の最後の授業の板書を消し始めた。


ガラガラッ


 突然扉が開いた。

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