Happy End Refrain

平賀・仲田・香菜

Happy End Refrain

『今日のニュースです。魔法少女フレイバー、今日も大勝利。新グッズの発売に合わせて新必殺技も披露です。現場の……』

 テレビニュースから流れるのは魔法少女フレイバーの活躍を知らせるものばかり。それもそのはず、彼女こそは今をときめくアイドルとして名を馳せているのだから。

「でも、どう見ても香織だよなあ」

 三郎太は街頭のテレビニュースを流し見しながら一人ごちた。夏休み、部活動からの帰り道、その脳裏は幼馴染の香織に満たされていた。

 世論が三郎太にはわからない。彼がまだ中学生で、世界をよく知らないことだけが原因ではなかった。何故ならば香織を知る人間であるならば、魔法少女フレイバーと全く同じ顔をした彼女の秘密に気が付かないことはあまりにも不自然だったからだ。

 三郎太には世界が歪で、何処か綻びを見るように思えた。何者かの意思が介入しているような、誰かに脳を弄られているような。どうしようもない気味悪さに、彼は真夏にも関わらず寒気を覚える。

「だって昨日まで魔法少女フレイバーなんて存在しなかったじゃないか」

 彼の知る限り、世の誰もかれも魔法少女フレイバーを話題に昇らせたことなど皆無だった。もちろんニュースに取り上げられた番組を見ることも初めてだし、コンビニの食玩やカードを見たのも初めてだ。

 そして何よりも三郎太を悩ませる問題は別にあった。

「魔法少女フレイバーの正体は香織だー!」

 街中で声の限りを尽くして三郎太は叫んだ。突然の絶叫に群衆は戸惑いを見せる。ある者は三郎太から目を背け、またある者はSNSに何やらを書き込む。


 三郎太本人こそは比喩表現抜き、真夏のアスファルトに溶けて消える。


『今日のニュースです。魔法少女フレイバー、今日も大勝利。新グッズの発売に合わせて新必殺技も披露です。現場の……』

 テレビニュースから流れるのは魔法少女フレイバーの活躍を知らせるものばかり。それもそのはず、彼女こそは今をときめくアイドルとして名を馳せているのだから。

「フレイバーの正体をバラすと時間が戻る」

 これこそが三郎太目下の苦患であった。

 時間逆行実験は既に数十は行われた。戻る時間は決まってトリガーの十分前に巻き戻る。

 そして引き金はもう一つ。

 日を跨いだ瞬間に時刻はその日の朝に戻る。

 数十回の試行に思考し、三郎太はもはや考えることを放棄し始めていた。常識と理解を越えた現象を受け入れるには三郎太はもう幼くなく、理解するには幼い。もはやこれまでと人生を諦め悟りの境地に達するには、あと数千度は時間の巻き戻しを喰らう必要を三郎太も感じていた。

「なにをしょぼくれてるのさっ!」

 背後より三郎太の肩を叩くのは渦中のフレイバー、ではなく香織であった。

「ああ。知ってた」

「なにが?」

「なんでもないよ」

 実のところ三郎太は香織に肩を叩かれることを知っていた。この日、この時、彼女に肩を叩かれて出会うことも幾数度目であるのだから。

「変なサブロー……。じゃ! 私急ぐから!」

 走り去る香織の背中を見送る三郎太は文字通り繰り返される日常に辟易としていた。

「最近はあいつの背中を見ることが増えた」

 幼少の香織は常におどおどとしており、引っ込み思案の権化だったと三郎太は記憶する。それは中学生になっても変わらず心配もしていたところ、ある時を境に彼女の性質は大きく変わったようにも感じていたが彼にはその理由こそ分からなかった。

 前向きに変化した幼馴染みの変化に戸惑いながらも、自分の後ろをひょこひょこと付いてきた彼女はもういないのだと一抹の寂しさが勝っていたからだ。

 本日を終えてもまた、文字通り変わり映えのしない本日がまたやってくる。この異変に気付いているのはまさか世界で自分一人なのかと考えると気が重く、うなだれる。

 この世に異質な存在。魔法少女が、香織が何かをしているのではないかと疑惑を向けるが確証はない。三郎太の目は焦わざと焦点をずらし、虚に空(くう)を見始めた。

 滲んだ光にぼやけたビルヂングはあやふやに歪んだこの世界のようで、三郎太の心を鎮めるに至った。

「あれ……」

 モザイクのかかったような世界にただ一つ、くっきりと輪郭が見てとれる存在に気が付いた。それは黒猫に見えるが、足が八本あるようにも見える。焦点をずらした視線には四つ脚がぶれただけのようにも思えたが、その猫だけはまるで縁取りされたシルエットであり可能性はすぐに潰えた。

 黒猫は口を開く。にゃあとでも鳴くものかと身構えれば。

「世界に疑惑の目を向けたか。今回は百に届く前か、早くなってきたな」

 酒に焼かれたようにしゃがれた年寄りの声が響く。鼓膜が揺れるのではなく脳を直接刺激されたような感覚に三郎太は頭を振る。

「ついてこい。貴様は今回も真実に相対する権利を得た」

「ちょっと。おい待って、なんなんだよ……」

 視覚を通常に戻すと、黒猫は現実にもはっきりと現れた。実際に足も八本あり、尻尾をピンと立てて器用に歩く猫はまるでサソリのようにも見える。

「お前は一体なんなんだ」

「フレイバーの相棒と言えば伝わろう。少女を戦いに誑かす悪魔でありマスコットのようにふわふわの愛くるしい毛玉だ」

 やはりその猫に反応する人間は三郎太ただ一人で、そろりそろりと後をついて行く。


 一人と一匹が足を踏み入れた先は廃校であった。時刻は夕暮れ過ぎ、割れたガラスが西陽に照らされて乱反射する様はさながら万華鏡に思える。

 先導する猫は迷う様子もなく歩みを進め、到達地点は屋上のようであった。重い扉の南京錠は歪に曲げられ、鍵の役目を果たしていない。促されるままに三郎太が扉を開くと、閃光のような黄昏色の日光を背に立つ香織が先にいた。

「フレグラ? ああ、サブローを連れてきたのね。今回は随分と早いかしら」

「ああ。ループしても記憶は何処かに刻まれるのだろう」

 フレグラと呼ばれる黒猫は香織の肩に飛び乗った。ごろごろと喉を鳴らして香織の頬を舐め、満足がいったのか三郎太を睨みつけて口を開いた。

「さて三郎太よ。貴様に真実を伝える。全てを知ったとき、香織は結論を要求するだろう」

 抑揚なく告げるフレグラの声に三郎太は若干の怯みも見せるがそれに勝るは理解の安堵。理解の及ばぬ世界の現実を知れるというのならば、それより優先すべきことは彼にはなかった。

 変わらず抑揚のない台本のような喋り方でフレグラは話し続けた。

「不完全に揺蕩うこの世は泡沫の円環。些細な刺激に壊れて消える。飛び散る飛沫は波紋を広げその衝撃は新たな泡と化ける」

 フレグラの語る言葉に三郎太はほとんど理解が及ばなかった。口を挟むことも憚れるほどで、助けを求めて香織を見ても、彼女は期待に満ちた薄ら笑いを浮かべるばかり。

「この一日は香織の手によるものだ」

「香織が?」

「正確には魔法少女フレイバーに残された最後の魔法。夢見がちな普通の少女に戻る彼女による幕切れ」

「フレグラだっけ? 君の言うことはよくわからない」

 顔を洗って素知らぬ顔のフレグラ。ため息を一つついてから再開した話は昔話と言う。

「魔法少女フレイバーの存在は完全秘匿。彼女が戦う悪の存在もまた、だ。誰にも知られず、助けを求められるわけでもない、賞賛もされない。孤独な戦いに少女は明け暮れていた。彼女にその役目を押し付けるしかなかった私から見れば何と哀れな少女か」

 三郎太は香織を見るが、相変わらず期待に満ちたその表情に戸惑う。

 フレイバーが語るは彼女の物語だった。

「悪の親玉を倒した魔法少女フレイバー。平和な世に魔法なんて必要なく、フレイバーはただの香織に戻る予定だった。力が消え去る一瞬、彼女の願いは世界に魔法をかけたのさ」

 フレグラは一呼吸おいて告げた。

「『フレイバーが世に知られる世界がほしい』」

 夕陽はいっそう強く彼らに突き刺さる。傾いた陽射しに三郎太は目が眩む。

「魔法の力も限界があった。改変できた世界はたった一日。それでも時間を循環させることで永遠を演出するし、不都合な行為もリセットされる。わかるだろう?」

「ああ、わかる。それはわかる。しかしなぜ僕は改変されていない?」

「香織が求めたからだ。この世界と自分の存在を認めた貴様が導き出す答えを聞きたい、と」

 きゃっと頬を染め、顔を背ける香織。

「そ、それだけのためにこんな世界を」

 フレグラの細い目が思い切り開かれる。触れたのは琴線か逆鱗か。背中の毛を逆立たせ、感情を感じなかったフレグラの声に怒りが見え始めた。

「それだけ? それだけだと? 貴様に香織が理解できるのか? ただ一人で、百万の敵に囲まれる中に折れたステッキを杖に立ち上がる香織の心がわかるのか?」

 三郎太は迫力に気圧され、ただ口を開くしかない。

 ただならぬフレグラは香織に頭を撫でられると落ち着くようで、自らの身体を舐め始める。毛繕いに満足したか、フレグラは三郎太に向き直り彼の回答を求めた。

「三郎太よ。貴様が香織にかける言葉は如何に」

 何を話すべきか、労いか、或いは労わり。千の言葉を持って彼女を賛辞し礼を尽くすべきか。

 三人に訪れた沈黙は一分ほどであったが、三郎太には永遠のようにも思えていた。

 三郎太は吃りながらも発声に至った。

「きっと今の僕は、香織がどんな戦いをしたのか、どれだけつらい思いをしたのか、全てを理解することはできない。だから、聞かせてほしい」

 一歩ずつ香織へと足を進める。

「香織の戦いを、香織の心を。香織の想いを。好きな女の子のことだから全てが知りたい」

 手を伸ばせば触れる距離。三郎太は香織を力の限りに抱きしめる。その身体は三郎太の知る何よりも熱く、何よりも柔らかく、何よりも強く香った。

「香織、好きだ。安地にいた僕にはムシのいい話だろうが君の話を聞かせてくれ。君が望むならば世界中の人間全てよりも強く賛辞を送る。君の話も僕の賛辞もきっと一日では終わらない。今日の続きは明日からまた沢山話そう」

「ああ……これね、込み上げるわ。その言葉がずっと聞きたかった。何度でも、何回でも聞きたい」

 抱き返される感触が三郎太に与える安堵はこの上なかった。安らぎと温もりに満ちた二人はやはり永遠を感じる。

「だから、またその結論に至ってね。よろしく、サブロー」

 この上なく温かい。この上なく熱い。三郎太は自らの腹に刺されたナイフから滴る血が沸騰しているのではないかと錯覚した。

「この世界はもう一つのリセットがあるの。それはサブローの死。ここは貴方と私のための世界。存在が消えれば最初から貴方は再構築されちゃう。作り直しだからループの記憶も、もちろんリセットで」

 三郎太は香織に突き飛ばされ、屋上のフェンスに身を預ける。ぬるりと熱い血に塗れ全身が火傷するのではないかと思わせる。

「またねサブロー。また好きって言ってね」

 薄れいく意識。三郎太は口を開く。

「満足、するまで。付き合うよ」

 好きな女の子のためだから、までは喋りきれず。薄れいく意識の中に見る香織とフレグラはやはり魔法少女に違わないほどに神秘的で、三郎太は力無く倒れた。

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