第7話

 立食会の大広間にて大規模な暗殺事件が起こったのはガロとランドロフとの会話から三時間後のことだった。各国の王家、議員、外交官が金の間に集い、隙をみては退散しようとした頃、部屋端の百合の造花の鉢から火花のような小音の破裂音が鳴った。

 殆どの参加者はこの僅かな音の跳ねりよりも鈍重な時間感覚に意識を割いたが、やがて音の連鎖は点線のように場を移しついに庭園中心部の噴水に至ると、圧縮を続けた風船が内部の空圧を解き放ったように強大に爆発した。石造の噴水は吐き出した水と火が混濁し、その代償として無数の石片を撒き散らした。瓦礫となり、火炎の優った噴水は庭園の整った芝生を引火させ、幾人かの所在を失った貴婦人のロングスカートまでその手を伸ばしていった。

 また爆発はひとつではなかった。理解の埒外な噴煙が望まれると庭園のもっと手前、つまり大広間よりの位置で地中から大音と土塊が湧き、散りばめられた。この第二の爆発は一部の人々においては予見的な意味合いを果たしたが、しかしその意味に気づく時には既に遅かった。

 第三の爆発は最も巨大で、犠牲が多い。金の間の隅から訪れた莫大なエネルギーは世界に誇る豪勢な広間の天助や石柱の三分の一を破壊し、参加者の五分の一をも下敷きにした。混乱は臨海に達し、部屋は悲劇への叫声と立ち込める煙の嗚咽と咳とでまみれた。すぐさま宮廷の使用人や各王家の侍従、護衛団が事態の収集に努めたが、それでも十二人の死者は免れなかった。


 無論、これはヴェーリー民主共和国における未曾有の一大事件である。しかしこれが一大事件となり得た所以はその犠牲者数ではなく、他国の要人、特に世界一の大国と評されるイリ国の首相アンリ及び未だ王政の続くユージル王国の次期国王候補チャールズ皇太子を死に至らしめたところにあると言って良い。事件はたかだか一か国の反逆事件ではなく、重要に国際的な問題であった。

 外務省は各国の信頼回復に奔走した。新聞への規制命令は致命的に遅延し、三日とたたず世界的に当事件が周知されたために国際世論からの不評は著しい。

 新聞は飛ぶように売れた。特に国家横断的な新聞商社『民的新聞』は当事件を降って沸いた好景気と捉え、以下の題を冠した。


『ヴェーリー民主共和国にて大規模暗殺事件勃発。政府主導の疑い有り』

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