第5話

 カナルの過敏な神経を他所に生誕祭はさしたる危害もなく進行した。それは第一に宮廷局の取り計らう警備の厳重さ故に違いなかった。演説は魔術銃を携帯した警察が群衆を取り囲むように配備され、またパレードも水路沿いの隅々まで監視の目が行き渡った。故にガロは多くの民衆の顔を久方ぶりに眺めたが、その歓喜の色を疑わざるを得なかった。あがった口角の仮面は屈強な暴力への隷従によって被られたものではないかと訝った。


 気怠いその後の行事———ミューリー首相との会食と鑑賞———を終え、立食会まで待機していると、ドゥーチェ=ランドロフが挨拶に伺った。


「おお、ランドロフじゃないか。早いじゃないか。レフリはどうした」


「この度はお招き頂きありがとうございます、陛下。父は所用であと数十分もすれば来るでしょう。私だけ早々に推参したまでのことです。ご迷惑でなければよかったのですが」


 二人は握手を交わし、革椅子に腰を下ろした。ガロが使用人に退室を命じ、これから暫く誰も通してはいけないと伝えた。


「いや、迷惑なものか。今回の立食などはお前と話すことぐらいしか身になるものがない。先程までミューリーの子守りでへとへとに神経を損耗させられたところだ」


「ええ、それは、煩かったことでしょう。また衆院選が近いものですから新聞屋に多く掲載してもらうためのパフォーマンスでしょうが、それに付き合うとなれば」


「ああ、まったくだ。新聞屋があたりにいると分かった途端奴はべちゃくちゃと浅薄な知識でかかるのだから対応に困った。……ところで、ひとつ気になるところがある。尋ねて良いか?」


「ええ、私が答えられる範囲のことであれば」


「……それが民の反応のことだ。昨年の生誕祭と比べどうも好感触すぎる。どいつも笑みを浮かべ……勿論それは願ったりなのだが……以前はカナルの件に代表されるように民の敵意は明白だった。王家の行事のたびにいつパイが投げつけられるかと怯えてたほどだ……だのに何故?」


 ガロより二つ歳の若いこの男は頭をもたげ、考える素振りをした。黒々とした長髪が眼前に垂れ、目の深い隈が影に溶けた。こうなるとランドロフは深い思慮の夜と同一になった感じがする。

 夜から低声が返った。


「……まず、第一に生活水準の向上があるでしょう。昨年の秋頃から魔術石の流入が著しくなり殆どの産業が効率化しています。それ故に経済が好転する見込みが肌感覚でわかるのでしょう」


 ガロはほっとしたような顔を見せた。


「いえ、だがこれも全く喜ばしいといえば嘘になります。『魔術』の源泉たる魔術石はどこから流入されたか、そもそも自然物か人工物かさえ不明なのですから。水路を越えて輸入物に一定の割合で紛れ込み、しかし相手側は船乗りでさえもそれを認知していないなんて。例えば他国が魔術石の発掘を主張し、その方法を証明すれば、『魔術』に依存する我が国は多大な借りと借金を抱えることになるでしょう」


「だが、それで国は回ってしまっている」


「そうです。そのことが問題なのです。魔術石は我が国だけでなく世界中においても理解の埒外です。王権の頃は王家が数少ない魔術道具の専有することで神話上のものとしたことでいわば政治的道具としての位置に留まりました。しかし現在は月に万単位の魔術石がどこからともなく世界に流入している。そして我々はその機能の端さえも理解できていない」


「魔術石はそれほどに不可解なものなのか」


「ええ、不可解極まりない。私も端くれに何度か解体を試みましたが、一才の傷すらつかない。そもそも石をはめれば全ての道具の機能が向上するというのが意味不明です。銃にはめれば威力が規格外に増し、眼鏡にはめればより鮮明に物を写す。まるで人工物に充てがわれた目的を石が理解し、その目的のために石が補助しているようなものなのです。これは一切の万物の法則を無視していますよ」

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