第2話

 銀の間には珍しくアルミーン王家が一同に会していた。それは無論、傍系の一族をも同卓に席を並べることを含むが、ガロにとっては長男のバーンが共に朝食を摂ることが何よりの驚きだった。

 ガロはバーンの右隣に座った。


「どうしたのです、兄上。最近はお忙しいはずでは」


「いや、なに。可愛い弟のためには少しぐらい仕事の融通をつけるさ」


 バーンはそう言ったが、ガロにだけわかるようにひっそりと目で語った。視線の先には、この場には不適当なほど不潔な衣服を纏った男の二人組が片隅に突っ立っている。一人は灰色のベレー帽を被り、もう一人は煤切れたメモ紙に何事かを書き込んでいた。


『ははあ、これも貴族院議員の仕事のうちというわけだ……いくら互選では確実といっても国民の信任がなければつけこまれるからな。公務に励みながら家族を祝福する男として新聞にでも載せてもらうのだろう……』


 食事が並べ終わると一同は異口同音にガロへ祝いの旨を告げ、思い出話に花を咲かせた。たとえばガロがその端正な顔立ちから他国の王家貴族から多数の求婚を受けた話、あるいはガロが十八の頃に学会を驚嘆させた論文の話、もしくは生活に窮した民に自室を解放して宿を提供した話、ガロが幼少の頃……。

 花は花弁のみで種子も果実もなかった。雄弁な過去は雄弁な未来に繋がれて然るべきはずが、彼らはあえてその茎を拒絶しているように見えた。

 一族の堕落とはこうであろうとガロは思ったが、さしたる怒りも起きなかった。ガロはただ哀しんだ。そしてこの無益な回想の主導者が無権の王であり父であるアルミーン=ライトということがガロの哀愁をより深刻なものとした。


 談笑は一定の音量で暫く続いたが、それも次第に萎んだ。かわりにナイフと皿とが擦れる音が目立った。

 さらにそのなかで一際小煩い、神経を逆撫でる不必要に頻繁な金属音がある。皆、目の端でその音の主を見つめた。誰にでもその主の正体をわかっていた。

 妹のカナルが震えたナイフでオムレツを裂いていた。柔らかく仕上げられた黄衣に蠅の羽根のような横振動が加えられ、食物を固定するフォークでさえ同様の振動があるものだからオムレツはすぐに滅茶苦茶になった。音は規律があるようで、かと思えば急に逸脱し、素人のバイオリンのように酷かった。


 カナルは手元で弾かれた弓と弦の不協和音をさも無表情に迎えた。それは一見、己の不作法さに恥もしない厚かましささえとれたが(そして現に、真に厚かましい記者の二人は熱心に彼女の描写に努めたが)、卓上の者は一人の例外もなく異なる感情を引き出された。カナルの苦悶や健気さは頬の痙攣や眉の微かな狭まりがすべて物語った。


 母のビュルデは痛ましさに耐えられず「ああ!」と悲嘆を溢した。そしてライトは悲嘆に挫かぬよう、より過剰な音量でこれまで風呂敷に包んだとっておきの挿話を披露した。


「そうだ、皆様お聞きください! 本日の主役、つまりアルミーン家の三男には、ひとつの自慢がありました。 ああ、どうしてこの話をせずに私は今日という日を過ごそうとしたのでしょう! これはある種の失礼というものです。たしか、このアルミーン=ガロがまだ十二歳の頃、王子は侍従をいくらか連れて(おそらく三人だったと思います)、アリテッド山に鹿狩りに出かけました。そうあの険しいアリテッド山です! しかも真冬に入ろうという時節であらゆる動物が飢えて獰猛な時にです! 私は勿論、不安で堪らず、政に身が入らない有様でしたが、それも杞憂でした。私は王子を侮っていたのです! 王子はさも澄ました顔で鹿どころか熊の死体を侍従に引かせてお帰りになりました。あの精悍さ! そして勇猛さ! 私はあれほど民を導く器に感嘆した時はありません」


 ライトはさながら久方の演説のように舌を回した。実のところライトがこの話をしたがらなかったのはこの時ガロが酷く負傷し、熊を引かせるどころかむしろ己が侍従に背負われて帰還したことにあったが。

 ビュルデと同様に痛ましさをひしひしと受けていた王族たちは慎ましく、しかしやや声を大にして各々の感嘆を述べた。伯父のラクトーネなどは「それは結構」という一言をあまりにも興奮調子で放ったので品がなかった。

 

 ガロはこの一連の光景を、もはや悲嘆も侮蔑も高慢もなく眺めた。それは狂った時計を見続ける心地だった。

 

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