第5話

 地下都市の射撃場で、ハンドガンを構えるルナの姿があった。的は人の上半身が描かれた紙で前後左右に動いている。15発を頭のほぼ同じ場所に当て、ヘッドギアを外した。


「ルナさ~ん、胴体狙いましょうよ~、胴体! 外したら撃ち返されますよ~」


 カロスは撃ち終わった自分の的を確認しながら言った。大きく逸れた弾もなく、胴体が撃ち抜かれている。


「外さないから大丈夫よ」


「すげー……」


 レンジの後ろを横切る一団から声が上がった。ベージュの軍服。カマラードの兵である。


「あ、おはよ~ございま~す」


 ベージュの中に深緑の軍服を見つけて、カロスは気軽に声をかけた。レイも気付いて、手をあげる。


「おはよう。ロットワイラーも、今日は射撃訓練か」


 レンジの隅でパイプ椅子に深々と腰掛けたフェンを見つけて、レイは顎を上げて挨拶をする。フェンも同じ仕草を返した。


「動く的なのに、全弾、頭に命中って、すごいっすね!」


 ベージュの1人がルナの的を見て声をかけた。ルナは弾倉を取り出しながら無視を決め込んでいる。苦笑いをして、カロスが代わりに答えた。


「あれは~、あの人だからできることだから、真似しないように~」


「そうだな、実戦では特に。的が大きく、動きもあまりない胴体を狙うのが基本だ」


 レイが講師になってベージュにレクチャーしている。


「それじゃあ、また」


 レイはロットワイラーの面々に軽く手を上げて別れを告げ、カマラードの兵士を引率して奥のレンジに向かった。動かないタイプの的があるのだ。カロスはひらひらと手を振っている。


「遠足みたいですね~」


「わたしたちは、遠足でももっと緊張感を持っていたけど」


 ルナがポツリと呟く。


「しょうがねぇだろ。カマラード兵は戦場に出たことがねぇんだから。それに私たちの遠足って、戦場見学じゃねか」


 あくびをしながらフェンが言う。


「あは、嫌でも緊張感出ますよね~」


「同じ戦場には出たくないものね。敵側なら良い的だけど」


 ルナが言うと、フェンがパイプ椅子から立ち上がった。腕をあげて、体を伸ばす。


「上は次の戦争で、カマラード兵を出すみてぇだぞ。室内戦で使うらしい」


「室内戦ってことは、小規模戦闘ですね~。僕たちも召集されますかね~?」


 ちらっとカロスがルナに視線を向ける。ルナはコキコキと首を鳴らしていた。


「それはねぇだろ。ロットワイラーは3人編成だからな。カマラードのお守りには向かねぇよ」


「良かった~。僕もまだまだ新人なのに、他人の面倒なんて、見てられませんも~ん」


「ま、命がかかってるからな。当然だ」


 * * * *


 フェンが言った通り、次の戦争は、室内戦で、ピリンキピウムとカマラードの合同チームが戦闘にあたることになった。


「フィールド戦は、自然の地形の中で戦う戦争で、室内戦は建物を利用した戦争になっている」


 第1層に用意されたカマラードの宿舎で、戦争のモニタリングをしているレイは、戦闘に参加しないカマラード兵に解説を始めた。


「廃屋や、専用に作られた障害物エリア、迷路エリアなんかがそうですよね」


 利発そうな顔をしたカマラード兵が言う。レイは頷いた。


「そうだ。戦争に使われる場所は、全て、善意の第三国・マトカが用意してくれているものだ」


「今回は廃屋で行われるようですね」


「ピリンキピウムが屋上、パラミシアが1階からのスタートになる。建物から出ると反則だ」


「反則になるとどうなるんですか?」


「反則を犯した方が敗戦になり、罰則金が請求される。反則を犯した兵士については各国で処分は違うようだが……ピリンキピウムだと、地上都市への追放になる」


「地上への追放ってことは、戦争から解放されるってことですか? ラッキーじゃないですか」


 明るい顔でカマラード兵が言うが、レイの顔は曇っている。


「地上都市はスラム化している。それに、敵国が攻めてきたら真っ先に叩かれるのが地上だ。この国の人間である限り、戦争から解放されることはない」


 暗くなった雰囲気に、レイの隣に座っていたカリーナがパンと手を打った。


「大佐! 今回、戦争に出るのはどんな隊なんですか?」


「ああ、グレイハウンドと言うS部隊だな。グレイハウンドは5人編成で、スピード重視の隊だ。室内戦を得意としている」


「それで、うちからも足の早い3人が選ばれたんですね」


 カリーナはにっこり笑って納得した。

 今回は8対8の小規模戦闘で、ピリンキピウムからはグレイハウンドと、カマラードからはレイの訓練した20名のうち、足の速い者が3名参加している。

 対するパラミシアはいつもなら、マントやミニスカートなど、各々が好きにカスタムした派手なワインレッドの軍服で出てくるのだが、その日は全員がフルフェイスのメットを被り、鮮やかなブルーのボディースーツで統一されていた。


「大佐、パラミシア兵のあの格好、なんなんですか?」


 カリーナが怪訝そうな顔でパラミシア兵が映る画面を見つめながら聞いた。不安なのか、自分の髪をクルクルと指に巻きつけている。


「さぁな……だが、今までのパラミシアとは一味違うようだ」


 後ろでプロテインを片手に画面を見ていたカマラード兵が声をあげる。


「でも、見た目をいくら変えたところで、ピリンキピウムのSには勝てないでしょう?」


 その言葉に、レイは頷くことができなかった。


「パラミシアは、今回から『Nエヌ』と言う、新たな戦闘員を動員すると、予告を出していた。おそらく、俺たちSに対抗するものなんだろうが……」


「パラミシアが何をしようと、ピリンキピウムのSには敵いませんよ! オレたちの仲間だって参加するんだ! なぁ、みんな!」


「そうだ、そうだ!」


 手を叩いたり、口笛を吹いたりして、カマラード兵は画面の中の仲間を鼓舞した。盛り上がる彼らとは違って、レイは画面を食い入るように見つめた。カリーナは周りに調子を合わせて、控えめに笑っていたが、レイに気遣わしげな視線を向けていた。


 * * * *


 廃墟・屋上にて、ピリンキピウムから支給された黒のボディースーツに身を包んだカマラードの3人は一様に口をへの字に曲げ、強ばった顔をしていた。気慣れないスーツを気にして、袖を引っ張ったりしている。中にはすでに汗だくの者もいた。彼らに支給されたボディースーツは一般兵が使うもので、Sが着用する指先まであり、ブーツが一体型になっているものとは違う。誰が着ても合うように手首足首までを覆うものだ。

 緊張しきりのカマラード兵を、グレイハウンドの面々が勇気づける。


「心配すんな、室内戦はワシらの十八番じゃ! 見学のつもりでついてこい! ただし、遅れるなよ」


 頭にバンダナを巻いたグレイハウンドのリーダーは緊張を解くためか『遅れるなよ』のところでウインクをした。カマラードの3人は少しだけ笑った。


「パラミシアは派手なだけで、戦闘能力は大したことはありません。過度に恐れる必要はないですよ」


 坊主頭のグレイハウンドが言う。リーダーは腕を組んで、うんうんと頷いた。


「英雄、エリオット・ビルがいなくなってからも、グレイハウンドが出る小規模戦は、死者数0じゃ。安心してワシらに任せとけ!」


 頼もしげなグレイハウンドのメンバーにカマラードの3人は顔を見合わせて笑顔で頷き合った。

 戦争開始のブザーが鳴った。


 * * * *


「なんてこった……」


 ロットワイラーの談話室で戦争をモニタリングしていたフェンが呆気に取られたように呟いた。

 画面の中では、黒いボディースーツの面々が血を流して倒れている。すでに息は無いようで、ピクリとも動かない。

 一方的な戦いであった。いや、戦いというには圧倒的すぎた。これは虐殺である。


 ルナは丁度、備え付けの小型冷蔵庫からサイダーを取り出していたところだった。サイダーの缶を片手に、ルナは冷蔵庫の扉を開いたまま固まっていた。


「ルナさん……僕の分もお願いします」


 珍しく、語尾を伸ばさずに言ったカロスに、ルナはおそらく自分用に取っていた缶をカロスに放り、そのまま冷蔵庫の扉を閉めた。


「どういうこと?」


 モニターの向こうの出来事が、まるでフェンの仕業ででもあるかのように、ルナはフェンに食ってかかった。


「わからん! 予告では、パラミシアの新しい技術が使われた兵士が参加すると言ってたが」


「あの動き、僕たちと同じってことですか?」


「いや……そうだな、いや」


 歯切れの悪いフェンの肩にルナが手を置く。しかし、目はモニターの一点を凝視したままだ。


「あの男……あの1人だけが、異様な動きをしてた」


 フェンの肩に置いた手にギュッと力がこもる。肩を掴まれているフェンは痛みに顔を歪めた。相当、力が込められているようだ。


 ルナの言葉通り、今回の戦争で、1人だけ突出して動きの早い男がいた。早いだけでなく、身のこなし方が常人からは逸脱していた。射撃の腕も、近接戦も圧倒的で、カマラードの兵隊だけでなく、パラミシアの精鋭・グレイハウンドの隊員さえあっという間に殺されてしまった。画面には今日のMVPとして、その者が大きく映し出されているが、ミラーシールドのフルフェイスではその顔は窺い知れない。


「あの動き」


 ルナは恐る恐るといった様子で口に出す。まるで口がスローモーションのように動き、声と合っていないようだった。


「見たことがある……まるで」


 その時、画面の中の男が、メットを脱ぎ捨てた。上を向き、鼻から大きく息を吸い、一気に口から吐き出す。開かれた瞳は澄んだ青い色をしていた。まるで青空のような。

 カロスが缶を倒す音がした。


「兄さん……」


 囁くような声でルナが言い、3人ともモニターから目が離せないまま身動き1つ取れなかった。


 空色の瞳をした男は、目にかかるくらい伸びた前髪をパラパラと片手で散らし、かき上げた。髪の色は似ても似つかないが、端正な顔立ちはルナとよく似ていた。

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