短編 5「人類殺戮兵器―セラフィム―」
真夜中でもキラキラと光るネオン街。とっくの昔に電気代を払う人間がいなくなったというのに、そこを歩く人間もいないのに電気は送られ続ける。街を闊歩するは人間ではなく殺戮兵器。人間はと言えば、路地裏に隠れ住みゴミを漁る毎日。
人間の仕事を一手に担った機械たちは、何をトチ狂ったか人間のための仕事をしながら人間の排除を始めた。スーパーやコンビニには定期的に新しい商品が補充され、電気は可燃物を燃やし作られ続ける。
機械が、人間がいないのが地球にとって最適だと判断するという説は昔からあっただろう。しかし、機械たちは人間を継続的に生存させるためのインフラ整備も続けている。
今となっては機械たちが何故こんな行動に出たのか予想する専門家も、暴走を止めるエンジニアもいない。ただ僕たちはこの変わってしまった世界を受け入れることしか出来ないのだ。
そうして今日も僕はゴミ箱を漁っていた。
定期的に食べ物や飲み物が補充されるこの世界で、なんで僕が路地裏のゴミ箱を漁らないといけないのかというと、理由は幾つかある。
一つ目は、街中の人類殺戮用兵器に見つかると十中八九待っているのは死だけだということ。そんな危険地域で生きているのも嫌だが、今や日本中がこんな有様だから仕方ない。
二つ目は、こんな状況でも人間が群れるということ。生存本能としては正しいが、やっていることはギャングとあまり変わらない。状況が状況だから許されている。彼らは不法に、確かに今や法は機能していないが、スーパーやコンビニなんかの裏方に立てこもり品出しロボットの通報機能を破壊し食っちゃ寝の快適生活を送っている。
殺戮兵器に怯えないといけないとは言え、そいつらはある程度快適な生活がおくれているだろう。だが、その組織に入れなかった者たちはどうなるか。荒らくれた男たちばかりの組織に入るためには、男は強くなければいらない、女はヤらせてくれないならいらないと来た。これなら終末ものの映画でも見て主人公の立ち回りを勉強しておくんだった。
外国はどうして助けに来てくれないのかだとか、もしかしたら外国も同じような状況になってしまっているんじゃないかだとかの想像も、数ヶ月もこんな生活をしていればどうでも良くなってしまった。
機械たちが、人間が路地裏に潜んでいることに気づき路地裏に入れるくらいの小さいバージョンの殺戮兵器を作り始めない限りは、僕はこの何とも惰性的で真横に死がある生活を続けていくのだろう。
実はゴミ箱あさりも楽じゃない。スーパーを占拠している奴らが中途半端にゴミを出す。それを路地裏のゴミ箱に捨て、ゴミ回収ロボットが回収に来る。回収に来るタイミングは完全に不規則で、数分で回収されてしまうこともあれば半日来ない事もある。一番の問題はそいつで、見つかれば即殺戮兵器に通報される。そいつ自体に攻撃手段はないが、殺戮兵器は遠距離での攻撃手段がある。普通に弾丸が飛んでくる。もちろん近づこうものなら轢き潰されるか斬り殺される。機械たちだけが近未来に進んで、人間たちは取り残されてしまった感じだ。
ところで、僕の部屋はスーパーのすぐ裏にある。もちろん元々僕の部屋ではなかった場所を間借りしているのだが。
万が一にも機械や荒らくれた奴らが入ってこないように扉にはバリケードを築いて、ゴミを漁りに行くときはお風呂の小さな窓から無理矢理出る。ちょっと太れば出入りできなくなってしまうから、身長が小さくてよかったと思う。
ガスは出るし、水も電気もある。家族は離れ離れで友達もいないことを除けばよく考えれば僕も快適な生活を送っているのかもしれない。
と、思ったが、荒らくれた奴らの食べ残しを食べなきゃいけないのは精神的な苦痛だ。
お酒を飲んではいけない歳から飲んでも良い歳になり、ゴミ箱から取ってきたお酒を飲んだ。苦くて飲めたものじゃなかったが、親と一緒に飲む予定だったお酒を飲んでいる事実が僕の心を癒やした。
僕もコンビニくらい占拠してみようか。コンビニなら品出しロボットもスーパーに比べて少ないと聞くし、警報装置だけを破壊するとなると専門知識が必要だけど、品出しなんてやってもらわなくていいから動かなくなるまで破壊してしまえばいい。
そんなことを考えながら、洗剤がなくて少し浴槽がザラザラしてきたお風呂に入っていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「すいません、すぐに出ますね」
つい、言葉を発してから僕は慌ててお風呂を飛び出した。すぐにリビングに走り、もしもの時のために置いてあったゴルフクラブを握ったところで、玄関にはバリケードがしてあることを思い出した。
恐る恐るインターホンの画像を見ると、そこには少女が1人立っていた。
「はい、どちら様でしょう」
「入れてくんない?」
「ヒューマロボ?」
「違う、良いから入れてよ。お風呂入りたいの」
「あ、はい」
極秘裏に製造されていると噂の人間型ロボット、ヒューマロボは精密機械ゆえ水を極端に嫌うと聞く。本人もお風呂に入りたいと言っていることだし証明してもらえばいいか。
「バリケードをどかすから少し待って」
「ん」
ぶっきらぼうというかなんというか。
僕は彼女を警戒するために出入り口のバリケードのもう一つ内側にバリケードを築いた。そのままお風呂場に直行してもらう算段だ。
準備が出来た、と僕は意を決して玄関の鍵を開けた。それと同時に内側のバリケードの裏へと走る。
「入っていいですからすぐにお風呂に行ってください!」
そう声をかけると彼女は遠慮なく入ってきた。黒いパーカーに黒いスカート、機械や荒くれ者に見つかりにくい服装ではあるが、その分色白で綺麗な足が目立っていた。
「こっち?」
不機嫌そうにお風呂の方向を指差す。僕が無言で頷くと、可愛そうな人を見る目をしてお風呂場に入っていった。
「ねぇ!」
「な、なに?」
「服が汗でベトベトだから洗っといて!」
洗濯用の洗剤の予備はあっただろうか。
「あと、代わりの着替えもよろしく!」
それから、バサバサと服を脱ぎ捨てるような音の後、彼女は本当にお風呂に入っていった。僕がさっきまで入っていたことを伝えたほうが良かっただろうか。
突然知らない女の子が転がり込んでくる展開なんて以前だったら美人局や事件を疑うところだが、今となっては命からがら逃げ回る人なんて珍しくない。玄関のチャイムを鳴らしてきた人は初めてだが、殺戮兵器に追いかけられて追いつかれてしまった人を何度か見たことがある。助ける気もなければその手段も無いから、最期だけは見ないようにと顔を背けることしか出来なかった。
あの少女も機械ではなさそうな事も分かったし、洗濯用洗剤でも探そうかとバリケードを片付け始めたところで自分が全裸だということに気がついた。バリケードで見えなかったとはいえ、部屋で全裸でバリケードを築いているヤバい奴だと思われたかもしれない。
こんな世界でヤバい奴の方が生きていけるというのは置いておいて、さっと服を着ると洗面台へと向かった。
案の定さっき着ていた服が、下着も含めて全部脱ぎ捨てられている。下心は抱かないように棚を確認すると洗濯用洗剤の在庫が一つだけ残っていた。
「あの」
「何?入ってきたら殺すから」
「洗濯は僕のと一緒でいいですか?」
「……許可する」
許可も出たことで、溜まっていた洗濯物と彼女の洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチを押す。実家暮らしでこんなことをしたことなかった自分でも何とかなっているのだから電化製品というものは素晴らしい。
ゴウンゴウンと鳴る音をボーっと聞く。することがないせいでこんなことをする癖がついてしまったが、ザパっと彼女が浴槽から出る音とともに声をかけられて我に返った。
「いつまでそこにいんの?」
「あっ、ごめん。癖になってたんだ」
「女の子のお風呂を聞くのが?」
「違うよ、洗濯機の音を聞くのが」
「変な奴」
「否定はしない」
「出られないからタオルと着替え持ってきて」
「わかった」
返事をすると、彼女はシャワーを浴び始めた。水が落ちる音を外から聞くのは久しぶりだ。近くに人がいることを若干嬉しく思いながら、僕は寝室のクローゼットを漁り始めた。
最初に漁った時に女性ものの洋服や下着ばかりで必要もないからと開けていなかったはずだ。記憶通り、クローゼットの中には女性ものの服がたくさん収められていた。しかし残念ながら女性服のどれを持っていけば良いのかわからない。出来るだけ普段着っぽい物を数着引っ張り出すと、わざわざ新品のバスタオルも引っ張り出してきて洗面所に置いておいた。
「置いとくね」
「んー」
自分の部屋、ではないけれど、同じ屋根の下に知らない美少女がいることに緊張してソファに座っていると、彼女がお風呂から出てきた。正確には、洗面所から。
「えと、おつかれさま」
「は?」
「あ、や、ごめん、気にしないで」
「そ。リモコンどこ?」
「あー、ここに」
僕はテレビのリモコンを手渡す。濡れてつやつやの髪を揺らす美少女は、いかにも部屋着といったラフな格好で僕の隣に座るとテレビの電源をつけた。
テレビには過去の番組の再放送ばかりが映る。機械たちだけで新しい番組を作るプログラムは組まれていなかったらしい。
「ねぇ、お腹すいた」
そう言われて最近はずっと荒くれ者たちの残飯を食べていたことを思い出した。非常時のために残しておいた缶詰なら少し残っていたはずだが、果たしてそれをあげてもいいものだろうか。
「か、缶詰、で、でいい?」
「食べれるなら何でも食べないとでしょ」
言っていることは至極まともだ。突然知らない男の家に上がり込むのはまともではないから総合的に見ればこの子もイカれてしまっているのだろうが。
女性との交際経験なんてもちろんない童貞の男には可愛い女の子を前にしてカッコつけないという選択肢はなかった。
キッチンの下の棚から缶詰を幾つかと箸を持ってきて好きなのどうぞ、と差し出す。すると、彼女はテレビを見ながら黙々と食べ始めた。
少しの間僕と彼女の間には沈黙が流れ、いたたまれなくなった僕が缶詰を一つ開けたところで彼女は口を開いた。
「どこの家も電気がついていない中、ここだけ付いていたの。舐められないようにちょっと高圧的に出たら、敬語が帰ってきた。この世紀末マンガみたいな世界で」
「人としっかり話すのは久しぶりだったから」
「それは見れば分かる」
「良ければ居候してもいい?」
「この世界で外を歩いてきた君ならどうにでも出来たんじゃないの?」
「出来てたけど、家族を見つけたくて市内くらいは探そうかなって隠れて歩き回ってた」
「下品な男たちがいる施設とかに匿ってもらったこともあったけど、漏れなく一日目の夜には襲われそうになるから逃げてきた」
「いつも使ってたスーパーがゴブリンの巣窟になってた」
「ゴブリンって」
言い回しが面白くて笑うと、彼女も笑い返してきた。
「フライパンとか電子レンジはあるの?」
「あったよ」
「食材はあとどれくらい?」
「これで最後。最近は残飯漁ってたから」
「え、ごめんね、貰っちゃって」
「ううん、いずれ困った時には食べるだろうって思ってたから」
「そっか」
今この世界には希望と絶望が常に隣り合って現れる。缶詰数個を希望と呼ぶにはいささか規模が小さいが、それを手に入れるには命か、運か、尊厳を削るしか無い。きっと彼女もわかっている。僕もいつかはやらないといけないことは分かっていた。10分くらい、主人公になれないかやってみよう。
「明日、近くのコンビニに行こう。品出しロボットも少ないし、男たちもいない」
「わかった、二人でいこう」
「うん、働かざるもの食うべからずの精神で」
お互いに頷き合い決意する。後は明日の朝になってどちらかが、もしくは両方がビビって諦めないことを願って寝るだけだ。
それから僕と彼女は眠くなるまで話をした。家族がいたとか、男の睾丸を蹴り上げてやっただとか、お風呂の窓から出ていることだとか、思いついたらそれをすぐに話した。
実家にいたら怒られていただろうに、僕たちはリビングのこたつを布団代わりにしてそのまま眠ってしまっていた。
次の日、お互いボサボサの髪で起きた。髪の長い彼女は僕以上に髪を整えるのが大変そうだった。
靴箱から走れそうなスニーカーを出し、空にしたリュックサックを背負って、やっぱり一度リュックサックを窓から出して、リュックサックを背負い直した。
「そこのゴミ箱がここのスーパーのゴミ捨て場になってて、男にもゴミ回収ロボットにも見つからないようにしなきゃいけない」
「わかった」
頷いた彼女は、昨日インターホン越しに見た彼女とは別人のように活き活きしていた。かく言う僕も、なんか元気なような、力が湧いてくる気がした。人間愚かにも群れると言っておきながら、僕も群れることで元気を取り戻しているらしい。
「道順は?」
「路地裏から出てそこの片側一車線を垂直に渡ってまた向こうの路地裏に隠れる。そこから奥の道路に出て二つ右がコンビニだよ。品出しロボットは古くて目が悪いから、道のでかい方に気を付ければたぶん、大丈夫」
「うん、私ハンバーグが食べたい」
「ハンバーグ弁当と、ミートソースパスタは優先ね」
「よし、行こ」
「うん、行こう」
路地裏から顔だけ出してあたりを窺う。ゴミ回収用ロボットも人類殺戮用兵器も歩いていなかった。
「よし、走ろ!」
彼女が走り、ほぼ同時に僕も走り出す。危険な行為をしている自覚はあれど、友達のような人と一緒に何かを出来るのは正直嬉しかった。
しかし、道路を半分も渡り終えないところで彼女は躓いた。ように見えた。
しょうがない人だな、と少し笑いそうになりながら慌てて足を止め振り返るとそこには、足の片方が吹き飛び倒れ込む彼女の姿があった。それを確認するとともに、長く伸びた道路の向こう側から良く響く発砲音が響き渡る。
音の速度は秒速330m超。ミリタリーオタクでもあった僕には狙撃銃、それも機械たちが使うような馬鹿げた威力の銃だということが分かった。
恐らく偶然、僕たちは監視網の中に入ってしまったようだ。
次弾装填に三秒、狙いを付けて見えないくらい離れたところからここまで弾が届くまでに数秒、まだ時間はある。
もしかしたら彼女にとどめを刺すためにもう一発撃つかもしれない。
仲良くなれたけど、もう助けられない。
事態を把握するのにそう時間はかからなかった。僕は血溜まりに横たわる彼女を見捨――
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