短編 4「真夏のビーチ」
照りつける太陽、真っ白なビーチに真っ青な海と空。パラソルにベンチに賑わう人々。海の家も繁盛している。駐車場は満車で止めるのに苦労した。サメのヒレが見えたりすることもなくビーチバレーに遊泳、浮き輪に水上バイクを楽しむ人々。
僕はといえば、ビーチ前の階段で座っていた。
「健太、なんで忘れたの?」
「別にしといたんだよ」
「なんで別にしといたの?」
「お前が最後まで悩んでたから」
「そうだけど、カバンは載せといてくれればよかったじゃん」
「それはそう」
色々と反省する点は多い。そもそも海に来ることだって昨日突然決めたんだ、急いで準備してくれた遥に感謝しないといけない。
「海に水着忘れてくるとかある?」
「ごめん」
「ううん、私も悪いから」
二人してため息を吐いて海を眺める。いっそサメでも出れば遊泳禁止になってちょうどいいんだけど。そんな事あるわけもなく、みんながみんな思い思いのことをして夏のビーチを楽しんでいる。
下着なのか水着なのかも分からない、むしろ下着より変態度の高そうな水着を着ている三次元女子までいる。
そこで、僕は悪いことを思いついた。なかなか悪い顔をしていたかもしれない。それに気づいた遥は僕に向かって小首を傾げてきた。
「どうしたの?」
「いや、最近はいろんな水着があるなぁって」
「……私以外に見惚れてたの?」
「いや、違うよ。僕の趣味は分かるだろ」
「ブス専?」
「少なくとも君はブスじゃない」
「よかった。それで、何でそんなことを考えてたの?」
「いや、パンツでいてもバレないんじゃないかなって」
「え……」
遥は少しの間固まる。それから、呆れたようにため息を吐いた。
「バレるでしょ」
「でもあの人の水着、下着に見えない?」
「たまにあるけど、水着と下着じゃ違うのよ」
「どこらへんが違うんだろう」
「え、水で流されないようにちょっと腰のゴムが強いとか?」
「あー、なるほど」
妙に納得してしまった僕はまたボーっと周りを見渡し始めた。
「海の家とかに売ってないかな?」
「売ってなかった。海に水着忘れてくる奴とかほとんどいないからだろうね」
「それもそうね」
また二人して浜を眺める。個人的にはこの状態も嫌いではないが、せっかく海に来たからには少しでいいから泳ぎたい。
僕は、Tシャツを脱ぎ捨てた。
「何してるの?」
遥の言葉には答えず僕はそのままズボンも脱ぎ捨てる。遥はそれに慌てた。
「ちょ、ちょっと何して……やりたいことは分かるけどさぁ」
僕はボクサーパンツを好んで使用する。だからバレないと思うんだ。どうせ僕のことなんて誰も見てないだろうし。
「よし、泳ぐか」
「行ってらっしゃい」
「遥も行くんだよ」
「え?水着ないって言ってるじゃん」
「下着ならバレないだろ」
「だからバレるって!」
遥の声に周りの視線が少し集まる。それでもその視線はすぐに消えていった。
「ほら、目立つことしてなければこんなものさ。脱ぐの手伝うよ」
「ちょっと、ちょっとやばいって。……もう」
恥ずかしそうにしながらも遥は下着姿になった。可愛らしいフリル付きだが、ここまで半裸の人間がたくさんいる場所で見るとそこまで不自然には見えない。
案の定、周りは僕たちのことを気にしてはいないようだった。
「ほら、恥ずかしささえ捨ててしまえばこんなものだよ」
「捨てられないんだけど」
「でももう脱いじゃったし」
「もういい、こうなったら思い切り遊んでやる」
吹っ切れた遥は僕の手を引いてビーチへと躍り出た。足裏に来る砂特有の感触とサンダルの中に入ってくる砂の小さな煩わしさ。そのどれもが楽しかった。
「じゃあ何しようか」
「遥は何したい?」
「まずは海で泳ぐでしょ」
「よし、行こうか」
二人、一緒に走り出して波打ち際を走る。砂の城や地上絵を飛び越えて、ついに腰よりも高い水深の場所まで突き進んでいった。
「気持ちいいね」
「うん、水着じゃないから脱げないか不安だけどね」
「気をつけとくね」
「うん、捕まらないでね」
そんなことを言いながらふわふわと海を漂い始める。遊泳エリアにはたくさんが人がいて迷子になることはなさそうだった。
「ねぇ、なんで昨日いきなり海行こうって言い出したの?健太のキャラじゃなくない?」
「た、たまには良いじゃないか。僕だって憧れなんだよ」
「そっか」
大の字になってたゆたう遥。僕もその手を取って水に浮かんで力を抜いた。
「意外と悪くない」
「よかった、水着忘れてごめんね」
「その話はもう良い」
「わかった」
少しの間、海に浮かんだまま脱力していると遥が立ち上がった。
「お腹すいた。海の家行こ」
「うん」
立ち上がって、手を繋いで、足に水の抵抗を感じながら浜辺へと上がる。相変わらずたくさんのテントやパラソルが立てられ家族やカップルが楽しんでいるようだった。
「〇〇くん、日焼け止め塗ってー」
「いいよー」
「わたしもお人形と泳ぎたい!」
「びしょびしょになっちゃうからビーチまでって約束だったでしょ?」
幼女と目が合う。微笑み返すと、幼女はキョトンとしてお母さんの方から微妙な笑みが返ってきた。
「焼きそばとー、かき氷とー、何にしようかなぁ」
遥は楽しそうに歩いて行く。僕は大人しくその後をついていった。彼女が楽しそうにしているのは僕も嬉しい。
海の家に入るとボックス席に座る。すると、同じく水着姿のアルバイトが注文を聞きに来た。女子高生だろうか。化粧も軽いし肌が若々しい。
「ご注文は?」
「焼きそばを二つと、かき氷のストロベリーとブルーハワイ、ガパオを二つで」
「はい、焼きそばとガパオ二つずつでいいですか?」
「はい」
アルバイトの女子高生は注文を繰り返し帰っていった。
「ガパオライスで野菜食べたって言わないよね」
「う……い、言わないよ。でも、最近頑張ってるんだよ」
「知ってる」
男としてはなんとも情けない話だが、いかんせん僕は小さい頃から野菜が嫌いで肉ばかり食べていた。そんなせいでこんな下腹ぽっこり男になってしまったわけだが、それでも将来を約束するような相手が出来たし良かったと思っている。
そんな人と雑談をして待つとすぐに料理が運ばれてきた。今日は一段と多いが食べ切れるだろう。
「うーん、美味しかったー!」
可愛らしく手を振り回して満面の笑みを浮かべる遥。僕もそれが嬉しかった。だが――。
「残すの分かってるのにたくさん頼むのはそろそろやめない?」
「だって、全部食べたくなっちゃうんだもん」
「デブだから気持ちはわかるけど、僕がいつまで経っても痩せられない」
「そんな健太も好きだよ?」
「う……うん、ありがとう」
遥の言葉にまごついていると、遥は僕の手を取って再び海に向かって走り出した。
「食べたら動かないとね!泳ご!」
「う、うん!」
いつまで経っても変わらない見た目を維持する遥のことが羨ましい。僕も頑張らないと。そんな事を考えながら海に向かって走っていたら、思い切り顔から砂の城に突っ込んだ。
それから二時間ほどだろうか、さんざん遊び尽くした僕たちは帰ることになった。まだ日は高いところにあるが、日が落ちるよりも僕の体力が底をつくほうが早い。
「シャワーしたら車の前で集合ね」
「……え、えっと、こっち来て」
僕は周りを確認すると遥の手を引いて男性用のシャワールムへと引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと、それはダメだって」
「大丈夫、バレないよ」
僕たちだってカップルなのだ。そういったこともある。
唇を奪い下着を脱がすと問答無用でシャワーを浴びせる。遥は恥ずかしそうにしていたが、抵抗することはなかった。
「よし、帰ろうか」
「うん」
シャワーを終わらせた遥の身体を捻り水を落とす。ビタビタと下に水が落ちると遥は元気になった。
「いつも運転ありがとね」
「全然」
中古で買って10年以上たまに乗るくらいで半ば放置気味な軽自動車に遥を乗せる。
「ペーパードライバーで事故怖いからシートベルトだけは付けてね」
「うん、わかった」
「よし、帰ろうか。僕の家でいい?」
「うん、私たちの家に帰ろっか」
僕は遥が助手席から落ちないようにシートベルトを付けると車を発進させた。
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