短編 3「大戦争」
世界が4つの派閥に分かたれた。そこに我々の意思はなくかつて友人だった者たちであろうと敵になった。
監視者は我々の大戦争を見て楽しむ。
我々囚人には監視者たちに歯向かう術はない。監視者を楽しませ、敵も味方も出し抜いて頂きを取ることでしか安寧はないのだ。
俺の所属はレッドドラゴンという。軍団長は何歳か歳上のベテランだった。来る黙示録のためにさっそく訓練が始まる。それは熾烈を極めていた。
炎天下での行進、声が小さければ怒声が飛ぶ。男も女も平等に訓練に参加させられた。それでも皆の士気が落ちなかったのは、軍団長さえ監視者の支配下でしかなく共に訓練を行っていたからだろう。
流れる汗は止まらず、熱せられた身体は今にも倒れそうだった。
それをほとんど休みもなく1ヶ月とちょっと。以前は名前も知らなかった人とも同じ所属だからと仲良くなってしまった。
「なんでこんな毎日……」
「ほんとにな」
「なんで中でやらないんだ?」
「イエローホークがいるんだと」
「俺もイエローホークがよかった」
「おいそこ!聞いてるか?」
「ごめんなさい、聞いてます!」
広い訓練場で集められ監視者から指導を受ける。それだけでも俺たちの体力は奪われていった。
だが、それもこれも全部本番でひっくり返るのだ。
ついに決戦の日が訪れた。我らレッドドラゴンは訓練を怠ってこなかった。他の3派閥には1つたりとも負ける気はない。
「レッドドラゴン、入場」
「応!」
監視者の声に勇ましく返し走り出す。力強さと速さをアピールするのだ。
「イエローホーク、入場」
「はっ」
揃った声に、揃う足音。スピードは無いものの、その完璧に合わせられた足踏みは俺たちの心を震わせた。
だが、屋内修練場を使っていた奴らに負けるつもりはない。
「ブルースカイ、入場」
「いち!」
その返事とともにブルースカイの3分の1が走り出す。バラバラと別れ全員が地面にしゃがむとブルースカイはさらに声を上げた。
「に!」
残ったうちの半分が走り出す。先にスタンバイしていた者たちを足場にパフォーマンスを始める。
監視者の機嫌を取る方向へと舵を取ったのかもしれない。
「さん!」
さらなる掛け声の元、パフォーマンスの壮大さが増していった。
「グリーンフォレスト、どこですか?」
監視者が周りを見回す。怖くて逃げ出したのだろうか。すると、もう一人監視者が出てきて何かを耳打ちしたようだった。
「グリーンフォレスト、入場」
監視者は定型句を放つ。いない奴らを呼んでも無駄だ。そう思ったその時、どこに隠れていたのか、グリーンフォレストの連中は監視者の中から飛び出してきた。ワラワラと集まりキレイな列を作る。こいつらもパフォーマンスに力を入れたようだ。
全4派閥が集合すると監視者が何かを言い始める。要約すれば、頂きを取れということだ。
自由を手に入れるために、やってやる。
かくして大戦争は始まった。
戦争と言ってもルールはある。監視者はただの殺し合いには飽きてしまったのだろう。
全員がすべての種目に出なければいけないわけではないのが唯一の救いか。
実際、ブルースカイやグリーンフォレストがやったようにパフォーマンスの完成度や美しさを競う種目もある。
だが、俺にはそのどれもどうでも良かった。この世界で頂きを取るためには絶対に負けられない種目が1つだけある。そのために俺は頑張ってきたと言っても過言ではない。
盛り上がっていく大戦争の中、俺の頭だけは冷静だった。
最後の種目、ただただスピードを競うだけの種目。いつも真横で競いあって来た者がイエローホークに所属させられた。
だから、俺はあいつに勝つんだ。
種目が1つずつ終わっていき、軍団員にも疲れが見え始める。そこで俺の登場だ。ヒーローは最後に現れるものだ。俺がこの戦いに終止符を打ってやる。
待機列へと向かう。そこには案の定、因縁のあいつがいた。
「お前もこれに出るよな」
俺が声をかけると、彼は笑ってうなずいた。
「一番得意だしな」
「これで勝ったほうが勝ちな」
「OK」
熱気は最高潮。監視者は俺たちのこの姿を見に来ている。やってやろうじゃないか。全てを手に入れてやる。
「入場」
開戦の儀の時とは違い、粛々と行進を行う。全員が場につくと戦場はさらにボルテージを上げた。
公平公正を喚き散らし俺たちは線に並ぶ。全身に蓄えた全てのエネルギーをこの1回で全て出し切る勢いで。
破裂音とともに走り出す。足が悲鳴をあげるほどにフルパワーで。
障害はない。邪魔もいない。俺たちに追い付ける奴はいない。獣のようになっても構わない。
段々と周りの音は消え失せ、眼球は到達点と因縁のアイツのみ捉えていた。
経験でわかる。俺はこれ以上スピードを出せばガス欠を起こして途中でリタイアになる。
だが、横のアイツは少しずつスピードを上げていた。しかめっ面が見える。無理をしてでも俺に勝とうというのか。身体が壊れてしまうぞ。
それでもお構いなしにアイツはスピードを上げる。
頭一つ、半歩、次第に離れていく。
甘かった。体力を残したままアイツに勝とうとしていたなんて、不甲斐ない。
俺の眼球はゴールさえ認識しなくなる。ただ、お前に勝ちたい。楽しい。
足も腹も肺も悲鳴を上げ激痛がほとばしる。だが、俺は笑顔を浮かべた。
もう半ば倒れ込むように何かを突破する。その瞬間、戦場は様々な感情で溢れた。自分の軍団が勝利した喜び、負けた悔しさ。自分の息子が徒競走で1番を取った母親の歓喜。
「1着!4年1組、兵藤流星くん!」
「しゃあぁぁ!!」
先生たちから1着の旗を受け取ることも忘れガッツポーズを掲げる。きっとビデオカメラにはよく写っていることだろう。
「俺の勝ちだ、坂崎!」
「クソぉ、来年は勝つ!」
1と2の旗を持って、俺たちは凱旋した。
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