短編 2「夜一」
僕の名前は夜一。お母さんは僕に夜に一番輝く星、北斗七星みたいなみんなの中心にいる元気な子になってほしいという思いを込めて付けてくれたらしい。
ありがたい。名は体を表すとも言うし、もしかしたら僕もそんな人になれていたかもしれない。だが、ネットで調べてみてほしい。一等星はおおいぬ座のシリウスだと出てくるではないか。
でも、名は体を表すとは言ったもので、中学に入ってすぐ僕はみんなの犬になった。決して弓道部になって活躍することはなかった。そもそも体験入部で下手すぎて他の部活をオススメされた。
そんな僕が最後にたどり着いたのは茶道部だった。真っ昼間に外を走り回る部活より、室内で大人しくしている方が性に合っていたらしい。
お茶はあまり好きじゃないけど、部費で買ったお饅頭は美味しかった。
さて、僕がどうして自分のことを犬と表現したかだが、歯に衣着せぬ言い方をすればいじめられていた。
金を渡され、「金渡すとか俺たち優しいんじゃね」と笑う男子生徒たちを尻目に購買か最寄りのコンビニに走る。前述の通り、真っ昼間に外を走るのはどうにも苦手で何度も遅い、と小突かれた。
それに、一般生徒はいじめている側ともいじめられている側とも関わりたくなくて、授業でペアを作るときにはいつも1人余った。4、5人で班を作る授業はできる限り学校を休んだ。
4人目くらいのおばあちゃんが死んだ時に嘘をつくなと怒られてからは純粋に仮病を使って休むようになったのを覚えている。
もう相手の名前は忘れてしまったが、いじめる子たちは僕が外に出ることが苦手と知ってよく体育館裏に連れて行かれボクシングのスパーリングと称し殴られた。生憎、怪我の治りは早い方で擦り傷や痣程度であれば次の日には殆ど目立たなくなっていた。
そんな中でも、茶道部は唯一の癒やしだった。これがなければ僕は全部嫌になってしまっていたかもしれない。部長が女性だったのだが、その人が3年の野球部部長の彼女さんだとかで、筋肉ダルマな上、先生からの信頼が厚い野球部部長に逆らうことが怖いからだろうと彼女は言っていた。彼女の言った通り、彼らは茶道部に乗り込んでくることはなかった。
そして、僕は同じ茶道部の女の子のことが気になっていた。
彼女は僕がいじめられていることは薄っすらと知っているようだったが、僕を避けるようなことはしなかった。この無敵の茶道部に所属しているのも大きかっただろう。
茶道部とは言うが、茶道の勉強をする日と部室でまったりとお話するだけの日があった。お話するだけの日の方が多かった気もする。
彼女はほとんど毎日部室に来ては僕のつまらない話を聞いてくれた。
パシリをさせられた時に一度だけ、買ってきた飲み物にデスソースを入れてやったことがある。もちろん殴り飛ばされたし瓶の残りを無理やり口に流し込まれた。だが、僕は辛いのには強くてダメージはなかった。
そんな話をしたら彼女は珍しくお腹を抱えて笑ってくれた。
彼女の名前は斉藤美夜。名前を聞いた途端、この子の一番になりたいと思った。
「斉藤さん」
「ねぇ、名字は被り多いから美夜って呼んでよ」
「……えっと、み、美夜さん」
「美夜ちゃんとかで良いんだけどなぁ。まぁいいや。お煎餅買ってきたから食べよ」
机に並べられた煎餅は既に半分ほど減っていた。
教室の後ろから椅子を持ってきて美夜さんの対面に座る。ただ何となくボーっと彼女の顔を見ていたらこちらに気づいて首を傾げた。
「そういえば……」
「うん」
彼女は僕が何かを話し始めるとこちらを向いてくれる。部長に聞いたのだが、実は僕がいないときの彼女は実に暇そうですべて生返事でずっと外を見ているらしい。それを聞いて、僕はますますこの人が気になっていた。
その日も、他愛無い、ちょっと嘘を混ぜた話をして日が暮れた頃に部室を後にしたのを覚えている。
12月上旬、昼の時間も短くて6時頃だったと思う。彼女と僕の家は学校を挟んで反対側にありお互い場所は知らない。いつも通り反対側の校門まで見送ってそこで別れる。
次の日のことだった。
彼女は学校を休んだ。一緒に部室の鍵を返しに行ったのは見られていて1時限が終わった休み時間に職員室に呼び出された。
あの後、彼女は家に帰っていない。昨日は校門で別れたと言ったら、校長はすぐに頷いた。多分だけど、この人も僕がいじめられていることを知っていて理由がないと思ったのだろう。
なんせ、彼女は自宅近くの公園で、遺体として見つかったのだから。
僕の次には、いじめ組が呼び出されていた。なにやら家が近いらしい。僕と仲の良いことを知ってちょっかいを掛けたと思われているのだろうか。そこまで知っているならいじめを見て見ぬ振りしてほしくなかったが、今となってはどうでもいい。
頭がひどく混乱する。
これからどうしようかと悩みながら僕は屋上に向かった。屋上へと続く扉をこじ開け外へと出る。今頃、職員室では警報が鳴り響き大騒ぎになっていることだろう。
地味に高いフェンスを乗り越えて先生たちが駆けつけるのを待つ。程なくして先生たちが駆けつけた。ひしゃげたドアノブに驚いていたようだった。
「やめろ、斎藤!」
「先生たちがついてる!それだけはやめるんだ」
どの口が言うか、と返してやろうかとも思ったがやめておいた。
「お世話になりました」
事前に目薬を指しておいた涙を流してそのまま屋上の縁から一歩前に出る。
僕の死体はいつまでも見つかることは無かった。
「それで、満足した?」
「うん、とっても満足」
真っ赤になりながら笑顔で頷く美夜さん。真後ろから照らす満月がとても綺麗に見えた。
「美夜さん、家族とはうまくいってなかったんだ」
「うん、パパは医者になれ医者になれってうるさいし、ママはすぐに男連れてくるし。何回連れてきた男に襲われたことか」
「だからってここまでする必要なかったんじゃ?」
彼女の足元には赤色の水たまりができていた。
「自由にさせてよ」
「ごめん」
「謝らないで。感謝してるんだから」
「それはよかった」
「はぁぁ、自由っていいね」
「でも最初は日光に当たらないほうが良いよ」
「夜一は出てたじゃん」
「15年以上生きてるから」
「生きてるの?」
「微妙かも」
「ふふっ、やっぱり夜一の話は面白いね」
「それはよかった」
「じゃあ、これからもよろしくね」
そう言って彼女は僕に笑いかけた。
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