第2話 後輩と自販機


「さて、どうしたもんか……」


 授業の合間の休み時間の中、俺は人の並ばない学内自販機の前で頭を抱えていた。


「いつも買ってるカフェラテにすべきか、いつの間にかしれっと追加されてる新発売のいちごラテにするか、それが問題だ」


 新発売は当然気になるが、この手のことで冒険して失敗した時のダメージは大きい。

 110円の損失をした挙句、手元に残るのは自分の嫌いな味のパックの飲料。


「だからって安定の選択を取っても、新発売への好奇心が消える訳じゃ──」

「せんぱーい」

「あれ、萌花。どうしたんだこんなところまで」


 おさげにしたツインテールと年の割に大きく膨らんだ胸を揺らしながら、少女が駆け寄ってくる。

 桜木 萌花。

 俺の1つ下の後輩であり、ひょんなことから俺に懐くようになった高校1年生。

結構話しやすい。


「移動教室から帰ろうとしたらせんぱいが居たので。せんぱいこそぼーっと立ってどうしたんですか?」

「あぁ、お前も見てくれよ」


 新発売のいちごラテを見せてやると、甘党の萌花はすぐに食いついた。


「凄い!こんなのあったんですか!?」

「そうなんだよ。俺も今日見つけてさ。いつも買ってるカフェラテといちごラテと、どっち買おうか迷っててな」

「なるほど。どっちも美味しそうですもんね。あ、でもやっぱりいちごラテ美味しそうだなぁ……」


 ・・・


「美味しそうだなぁ。チラッ?」

「……」


 相も変わらぬ上目遣いを向けながら、萌花が猫なで声で呟く。


「ねーせんぱい♡」

「奢らないからな」

「むぅ~」

「やめろ。脇腹をつんつんするな。安いんだから自分で買いなさい」

「……はーい」


 萌花が面白くなさそうな表情でいちごラテを買うのを見届け、俺もカフェラテを購入し、ストローを差しながら2人並んで自販機にもたれる。


「せんぱいは結局いつも通りなんですね」

「まぁな。美味いし」

「ふーん」


 ストローからはいつも通りの甘さと、申し訳程度の苦みが口へと流し込まれる。

 うん。美味しい。

 授業の合間の休み時間は、糖分とカフェインに限る。


「ねーせんぱい」

「なに?」

「一口いります?」

「いいの?」


 おぉ。まさか萌花に自分のものを他人に譲る精神が生まれるとは。


「はい。あ、でもちょっとだけですよ?」

「分かってるって。お前もカフェラテいる?」


 そう言うと萌花の顔が一段と明るくなった。

 分かりやすい。


「あーん」

「はいはい」


 いつぞやのポテトの時のようにストローを差しだすと、向こうからもストローが差し出された。

 同時に互いのストローをくわえて、中の飲み物を味わう。


「……苦い」

「いちごラテの甘さの後だからな。その分コーヒーが際立ったんだろ。甘党のお前には合わなかったか?」

「騙したんですね?」

「なんでだよ」

「私のは美味しく飲んだくせに」

「うん。まぁ甘かったし結構イケるとは思ったけどさ」

「むぅ~~」


 頬を膨らませながら、取るに足らない力で制服の袖がグイグイされる。


「せんぱいのせいだ」

「それは違うだろ」

「今度奢って下さい」

「今月は厳しいから無理」

「じゃあ、放課後にデートしてください」

「それはいつもやってるだろ」


 こんな調子で話は平行線だったが、そんな会話は意外な形で終わりを告げた。


『キーンコーンカーンコーン……』


「「あっ……」」


 ヤバい。授業開始1分前の予鈴だ。

 授業の合間の休憩時間は元より短い。

 萌花と話してたからすっかり忘れていた。

 急いで戻らねえと……!


「せんぱい」

「なんだ?」

「一緒にサボりませんか?」

「ばーか。さっさと教室戻るぞ」


 ペチッ!


「痛い!なんでデコピン!?暴力反対!」

「不良みたいなこと言い出すからだ。さっさと教室戻ればーか」

「もう!自分だって時間忘れてたくせに!せんぱいキライ!もうデートしてあげない!」

「わかったよ!放課後なったら校門に集合な!」

「ふんだ!今日は日直だからちょっぴり遅れます!」


 少し騒がしい感じになりながら、俺たちはその場で解散となった。

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