第46話 ブーケトスから始まる話
心まで凍り付いてしまいそうな寒さのホーセン村にも、少し遅めの春がやってきた。
花は今が世とばかりに咲き誇り、甘酸っぱい香りを振りまいては人々を楽しませる。
そんな花たちが咲き乱れる教会で、ある晴れた日曜の午後、一組のカップルが永遠の愛を誓い合い夫婦となった。
鐘塔に吊り下げられた鐘の音が村中に鳴り響き、たくさんの人々に祝福されながら二人が本堂から出てくる。
純白のドレスに身を包んだ新婦は輝くような笑顔でブーケを投げた。薄水色の空に美しい軌道を描いたそれは、次の花嫁となるべく待ち構えていた乙女たちの列――ではなく、本堂の扉を閉めようとしていたネリネの手の中にスポッと落ちてきた。
「わっ」
突然降ってきた花束にシスターは驚いて振り返る。同じように驚いた顔の花嫁と目があったが、ニコッと微笑んだ彼女は軽く手を振ってパートナーと共に歩き出してしまった。代わりに駆け寄ってきた乙女たちがネリネを取り囲む。
「わぁ、いいなぁいいなぁ、シスターおめでとう」
「ずるーい、あたしが狙ってたのよぉ~!」
「……あの……よかったらお譲りしましょうか?」
困惑した様子のシスターは控え目に申し出るが、一瞬ぽかんとした乙女たちは弾けるように笑い出した。
「やだもう、そういう事じゃないってば」
「ネリちゃんって天然?」
クスクスと笑われてネリネはますます困惑する。その時、パン屋のおかみがトレーを抱えて割り込んできた。
「あらぁ、アンタが取ったの。いいじゃない、次はネリネが花嫁になる番ね」
祝いの席で振る舞うキッシュを配りながら彼女は笑う。面白そうな話題につられたのか、他の世話焼きの女たちも集まってきて、やいのやいのとネリネを囃し立てた。
「そうねぇ、シスターもちょうどいい年頃だし考えてみてもいいんじゃない? 結婚」
「えっ」
王子に婚約破棄されて以降、考えてもみなかった話に目が点になる。言われてみればネリネも十九歳、普通の女性ならそろそろ結婚して家庭に入ってもおかしくない年頃だ。
「そうそう、あんたに似合いそうな好青年が隣町に居るらしいよぉ。ちょっと話つけて引っ張ってきてあげようか?」
だが、あまりにも性急な話の展開に思考が停止する。きっと彼女たちは気を使ってくれているのだろう。不運な目にあったネリネに新しい幸せをと。
(わたしが、花嫁?)
いまいち実感が湧かず、ぼんやりと視線を上げる。何となく見つめた先に黒い服がひるがえる。新婚の二人と和やかに話している茶髪の男性が目に入った途端、ネリネは頬がカァッと熱くなるのを感じた。
「あのっ、すみません! キャンドルの後始末を見てきますのでっ」
この話題から逃げるように、ネリネはブーケを抱えたまま本堂に逃げ込んで行く。耳まで赤く染まったその後ろ姿に「ウブでかわいい」だとか「あたしらがしっかりいい相手みつけてあげようね!」などと女たちを一致団結させてしまったとは露も知らぬのであった。
***
「へぇー、そんなことがありましたの」
カチャと、紅茶を出してくれたジルは興味深そうに覗き込んでくる。お茶会に呼ばれたネリネはその時のことを思い出しながら憤慨した。
「まったく困ります、わたしは神に仕える身であるというのに」
「んー、ですがうちの教会、別に結婚を禁止されてるとかじゃありませんからねぇ」
自分の分とポットを持ってきたジルは向かいに腰掛ける。カップを上品に傾けながら彼女はこう続けた。
「ネリネが気に入ったのならそれもアリではなくて? 恋愛って勢いも大切よ?」
「あなたまでそんな」
「ハニー! クッキーが焼けたよ!」
唐突に扉をバーンと開けて一人の男性が突入してくる。ビクッとしたネリネには構わず、彼は踊るように回転しながら皿をテーブルに置いた。ガタイのいい体、ツンツンの髪にバンダナを巻いた彼に向かって、ジルは輝くような笑顔を浮かべた。
「ありがとダーリン! 愛してる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます