第47話

「またゴシップ記事の記者が来たから追い払っとくぜ! あ、ネリネちゃん、ゆっくりしてってね」


 太陽のような笑顔に圧倒され、ネリネは言葉を失う。それを気にした様子もなく、嵐のように彼は去っていく。

 スマートな貴族とは程遠い彼こそが、ジルの『運命の人』だった。彼女が再会した頃に聞かせてくれた身の上話を思い出す。



 王子からの扱いに耐えかね、思いつめたジルがついに身投げをしたあの日、落下した彼女はどこかの店の軒先オーニングに引っ掛かりバウンドして死ぬことができなかった。

 それでも足の骨を折り、路上で呻いているところを助けてくれたのが偶然通りかかった隣町のダーリンだったという。このまま川にでも投げ込んでくれと頼んだのだが、何の非も無いジルが命を絶つのはおかしいと彼は言い切った。そしてほぼ強制的にこの家へと連行されたらしい。

 彼は繰り返しジルに生きてほしいと説得した。生きていてもいいのかと迷ったジルは、生家であるミュラー家に連絡を取ることにした。

 遺書と塔の上の靴だけ残して消えた娘が生きていたと知り、彼女の家族は泣いて喜んだそうだ。そこで初めて、娘が王子からどんな扱いをされていたかを聞かされ、ミュラー家は口裏を合わせジルを守ることにした。こちらは気にしなくていい、このまま死んだことにして姿をくらませと言ってくれたのだ。

 残してきたもう一人の聖女候補、コルネリアの事は気になったものの、傷ついたジルには心と体を癒す時間が必要だった。


「それにしても、あの新聞記事を読んだ時は本当に驚きましたわ」


 そんなある日、彼女はコルネリアが聖女候補を降りたとの発表を新聞で読んだ。おまけに自分の生まれ変わりと名乗る女が聖女として台頭するという。

 わけの分からなくなったジルはコルネリアに手紙を書き――そこから先はネリネもよく知っている話だ。


 全て終わった後も影響は長引いた。手ひどく扱われた記憶が夜中にフラッシュバックし、食事が喉を通らない日もあった。だがダーリンの優しさに触れ、彼女は少しずつ笑顔を取り戻していった。



「本当ぉぉに優しいのよ~、初日に『俺も男だから怖いだろう』って、ベッドを譲って自分は物置部屋で寝てくれたの。しかもわたくしに外からかんぬきをかけさせて! 誠実! ほんと好きっ、大好きぃぃ!」

「あはは……」


 のろけっぱなしのジルだったが、ネリネはそれを聞くのが嫌いではなかった。骨と皮だけだった一時期に比べ、今の彼女はだいぶふくよかになった。幸せである何よりの証拠だろう。そんな彼女は、恋人が焼いてくれたクッキーをパクパクと頬張りながら話のバトンを投げてきた。


「ところでネリネは誰かいい人いないんですの? お見合いには乗り気じゃないみたいですけど……。あ、すでに意中の男性が居るとか?」


 ドキッとしたネリネは紅茶を取り落としそうになった。それには気づかず、幸せ絶頂モードのジルはうっとりとした顔で饒舌に語る。


「恋っていいですわ~、あのクソ王子の嫁候補だったわたくし達だからこそ、真実の愛が身に染みるというか。あ、あの神父さんとかどうなんです?」


 ますますドキッ、というかギクッとしてネリネは硬直する。赤くなり始めた親友を見たジルはニヤけ顔を隠そうともしなかった。


「いいじゃないいいじゃない、ちょっと年上だけど包容力って言うんですの? 一見目立たないけどよく見ると整った顔立ちしてたわねぇ~、誠実そうですし」


 傍から見た自分はそんなにも分かりやすいのだろうか。初恋すらしたことのないネリネは、果たしてこの気持ちが恋という物なのかさえ測りかねているというのに。


「どういうところに惹かれたんですの? そういえば向こうから追放先の引き受けに名乗り出てくれたんでしたっけ? なれそめは!?」

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