第33話
「現場にこれが落ちていました」
スッと取り出したのは、あの晩ネリネの注意を引くため落とされたエンブレムだった。遠くからでもわかる派手な紋章に観衆が息を呑む。偽物には見えなかった。なぜなら王族直属の騎士たちが背負う紋章を偽造すれば重い厳罰に処せられる、そんなリスクを背負う仕立屋が居るとは思えない。かと言って自分で作るには複雑すぎる意匠なのだ。
「おそらくは再び同じ病を起こして、わたしに罪をなすり付けるつもりだったのでしょう。調べたところ、この薬剤入りの小瓶がいつの間にか教会のあちこちに仕込まれていました。『彼らが原因不明のトラブルに巻き込まれていなければ』、翌朝、その証拠を発見してわたしを捕まえるつもりだったのかと」
どちらを信じるべきなのか、貴族たちは困ったように顔を見合わせ、記者たちは「面白くなってきたぞ」と顔を輝かせている。それに気づいたヒナコは、手すりから乗り出して叫んだ。
「心優しい王子が大切な国民をそんな危険な目に遭わせるはずがありませんっ。分かった、どうにかエンブレムを盗んだあなたが、王子に罪をなすりつけようとしてるんでしょう!」
「動機なら簡単ですよ。こっそり病人を用意しておいて華々しくやってきた聖女があらかじめ用意しておいた薬で治療する。あなたの派手なパフォーマンスになってるじゃないですか」
核心を突いた言葉にヒナコはショックを受けた様によろめいた。胸元を抑えて頭を振った彼女は反論する。
「身に覚えがありません! 印象操作はやめて!」
「どの口がそれを……自作自演で被害者を装うのがお上手ですね。いったいそれで何人騙してきたんですか?」
「騙してなんかないっ、ヒナは自作自演なんてできないもんっ」
「あの夜、偶然見かけてしまったわたしに『割り切って一緒にバカな国民を騙しちゃおうよ』などと共犯を持ち掛けてきたじゃないですか。『すごくいやらしい笑みを浮かべて』。もちろん断固拒否しましたけど」
「ねぇ、ホントに誰の話をしてるの!?」
「もちろんあなたの話です。いい加減本性を表してはいかがです?」
熾烈な女の言い争いはデッドヒートしていく。悪魔のクラウスはその様を実に楽しそうにニヤニヤと見ていたが、女子二人に気を取られている観客たちは気づきもしなかった。
「静粛に! いい加減にしませんか二人とも」
錫杖をカーンと打ち鳴らした教皇が珍しく声を荒げる。ハッと我に返ったヒナコは恥じたように一歩退き髪の乱れを直した。そこに教皇からの質問が入る。
「ヒナコ、本当に心当たりがないのですか? 共に居たのでしょう、王子たちの動きに不審な点は?」
信じていた教皇からのまさかの一言に、ヒナコは頬を抑えて絶叫した。
「教皇様までヒナを疑うんですか!? 知らない! 少なくとも、私は関与してませんっ」
見る間にその目が潤んでいき、彼女はその場に崩れ落ちた。
「私はただっ、苦しんでいる人がそこに居たら助けるだけです! 彼女が言うような打算なんてこれっぽっちも考えたことありませんっ」
涙に濡れた顔を上げたヒナコは、民衆に訴えるように語り掛けた。
「皆さん信じて下さい、どうか騙されないで――」
そこでハッとした様子の彼女は、すっくと立ちあがるとわざわざ陽の当たる箇所に進み出てくる。目を閉ざし指を祈りの形に組むと、気のせいか彼女の周りで急に光が輝き始めたような演出が入った。
「わかりました、これはきっと神様が私にお与えになった試練なのですね。ヒナ負けません! 皆さんが心から信じてくれるその日まで戦い続けます!」
「ヒナコ……様!」
凛とした佇まいに、心を動かされた愚か――失礼、純粋な一部の貴族が立ち上がる。その中にエーベルヴァイン卿の姿も有りネリネは顔をしかめた。
「そうだ、やっぱり聖女はヒナコ殿を置いて他には居ないっ」
「がんばれヒナコ様!」
「そんな陰険女に負けるな!」
「皆さん……!! ありがとう! この身は今までも、そしてこの先も絶対に潔白です。絶対にあなたたちを裏切らないことを誓います!」
「ウオオオオオ!!」
またしても『茶番ヒナコ劇場』が始まるところだった。盛り上がる一瞬の隙をついて、ネリネの冷めきった声が響く。
「でもあなた、命の恩人を見捨てたそうじゃないですか」
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