第32話
くすんくすんと泣きながら止まらない涙を拭う。可憐な美少女の涙に、再び疑惑の目がネリネとクラウスへ向けられ始めた。
「そんなに責めなくたって……ちょっと間違えただけなのに……ヒナ、お酒に弱いんだもん……コルネリアさんは居たんです、村の人にも聞いてみて下さい、絶対いたはずです」
どうせその村人も買収済みなのだろう。ここまで来ても嘘の演技で切り抜けようとするヒナコにネリネは苛立ちを募らせた。泣き落としは自分が絶対にとれない手法だと分かっていたから余計に。
だが意識して怒りを鼻からフーッと逃がす。違う、ずるいなどと思わなくてもいい。自分はこれでいい。そう言い聞かせて挙手をする。
「教皇、わたしからも主張をさせて下さい」
「どうぞ」
「いやです! コルネリアさんはきっと言い訳するに決まってるわ!」
「ヒナコ、静粛に」
泣いていたヒナコから群衆の注意がこちらに向けられるのを感じた。一瞬怯みそうになったがいつの間にか横に来ていたクラウスに肩を叩かれ目が合う。
「……」
多少間違えてもフォローしてやるとその目は語っていた。一人ではない、仲間がいることにどれだけ勇気づけられたことだろう。縮こまりそうになってしまうのをなんとか堪え背筋をシャンと伸ばす。深く息を吸い込んだネリネは、ずっと言えなかった真実を口にした。
「神の名の下に誓います。わたしが『王子に毒を飲ませた』疑い、そして前回糾弾された『ジルを自殺に追い込んだ』疑い。ヒナコさんが主張するこの二つは全くのでたらめです。むしろ、わたしを陥れるために画策をしているのは彼女の方です!!」
「なっ……」
大げさに驚いて見せたヒナコが顔を上げる。すぐにこぶしを握った彼女は間髪入れずに叫んだ。
「冗談はやめてっ、どうしてヒナがそんなことしなくちゃいけないの!」
「理由は簡単。ヒナコさんが正当な理由も無しにわたしから聖女の地位を奪い取ろうとしたから……いえ、ハッキリいいましょう、彼女に我が国が定める聖女の資格がないからです!」
聖堂内がざわりと沸き立った。ビクッと身体を強ばらせたヒナコの瞳に、一瞬猛々しい憎しみの炎が宿る。
「それはどういうことですか? 教会が認めた聖女が偽物だと?」
教皇の瞳がすぅっと細められ冷たい色を落とされる。口をキュッと引き絞ったネリネは反撃の狼煙を上げた。服の下に仕込んでいた小冊子を取り出す。
「疑惑をかけられ呼び出された身ではありますが、身の潔白を証明するため逆にこちらから告発させて貰います。まずこれは、今回ホーセン村で起きた流行り病についてわたしが纏めたレポートです。皆さんのお手元にも一冊ずつお配りしますのでご覧ください」
合図を出すと、前もって職員に頼んでおいた資料が聴衆に配られる。それらが行き渡るまでの間、手短に今回の事件のあらましを説明する。
「結論から申し上げますと、今回のホーセン村での集団病は人為的に引き起こされた事件の可能性が非常に高いのです。今から三週間ほど前、症状を訴える患者たちが一斉に現れ、手に負えないと判断したわたしとクラウス神父はマニュアルに沿って本部へ助けを求めました」
その辺りは皆も周知しているはずだ。原因不明の疫病はこちらでも新聞の見出しに載ったと聞く。
「応援が来るのを待つ間、わたしは独自に原因の調査を始め、村の境界線に植えてあるソフィアリリーの花が原因だと突き止めました」
どこの村にも植えてある国花の名に、聖堂内から驚きの声が上がる。ネリネは冊子の表紙をめくりながら説明を続けた。
「ソフィアリリーは人の手を必要としない強い花ですが、それは周囲の環境に適応する力がとても強いからです。自身が植わっている土の性質に変化があると、それを感じ取った花は環境に適応するために自らの構造を変える。その際に排出される胞子が今回のケースは人体に影響を及ぼしたのです」
ネリネは懐から一本のガラス管を取り出した。中には顆粒状になった白い粉が入っている。
「この国の環境であれば、普通にしていれば毒花になることはまずありません。いくつか土のサンプルを集めて検証しましたが、性質が変化したのはこの薬剤を撒いた土だけでした」
「それは?」
教皇からの質問に、解説をしていたネリネは一度言葉を止める。もったいをつけて周囲を見渡してから通りの良い声で言い放った。
「祝賀会の夜、王子の近衛兵たちがこっそり生け垣の根本に埋めていたものです」
「なっ……!」
ガタッと立ち上がったヒナコは怒りの表情をあらわにした。眉をつり上げ声を張り上げる。
「ジーク王子に対する侮辱ですっ、証拠はあるんですか!?」
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