第31話
ヒナコを含めたほぼ全員がポカンと虚を突かれる。すかさず反撃の泥を構えたネリネは憎き相手に向かって全速力で投げつけてやった。
「指名されても居ないのに一方的に喚き散らすのは、聖女以前に人としてマナーが成っていないかと。いつからここは演劇場になったのですか?」
心の底からわからない、という顔で正論を叩きつけてやれば、観客席のどこかでブフッと吹き出す音が上がった。それを皮切りに笑ってはいけない空気が聖堂を満たし始める。鉄仮面を得意とするネリネは神妙な顔つきを崩さなかった。それがますます忍び笑いに拍車をかけていく。
確かにヒナコの演技力は高い。だがややオーバー過ぎるきらいがあるのだ。引き込まれている間はいいが、一度目が覚めてしまうと途端に『お芝居』として鼻に付くものになってしまう。
悲劇のヒロインから一転、いや、悲劇を気取っていたからこそ余計に滑稽となってしまったヒナコは顔を真っ赤にしてわなわなと震え始めた。
「なっ……、そんっ……いや、はぁっ!?」
そんな中でも一人、表情を崩さなかった教皇はふぅむと唸る。二人の女性を見比べていたかと思うと淡々と話を進めた。
「それもそうですね。ヒナコ、次に意見を出すときには必ず挙手をして私に発言権を求めるように」
しばらく瞠目していたヒナコだったが、ハッと我に返るといつものキャラを取り戻した。
「ご、ごめんなさいぃ。あれこれ言われる前にハッキリさせておきたくって。それと言うのもですね、コルネリアさんは――」
「教皇、私からもよろしいですか?」
また何か言い続けようとしたところですかさず口を挟んだ人物がいた。全員の視線が集まる中、椅子にかけたままのその男は軽く腕を組んだまま右手を挙手していた。目をすがめた教皇は男の名前を呼ぶ。
「クラウス神父、どうぞ」
「え、クラウ……ひぃぃッ!?」
それまで余裕の態度を崩さなかった王子は、トラウマとなった人物がずっとそこに居た事にようやく気付いたらしい。途端にひっくり返って腰を抜かしてしまった。
「う、うわぁあぁあ!!」
「ジーク! どこへ!?」
みっともなく転げた彼は悲鳴を上げながら聖堂の裏へ逃げて行った。一人残されたヒナコは舌打ちでもしそうな表情を一瞬浮かべる。だが、クラウスはそんな彼らのことは気に留めず、落ち着いた様子で話を進めた。
「ありがとうございます。先ほどのヒナコさんのお話に少し疑問を抱いたのですが」
すっくと彼が立ち上がった瞬間、ネリネはざわりと空気が変化したのを感じ取った。
「シスターコルネリアが王子のグラスに毒を入れたと証言していましたね。ワインに毒を入れたのを目撃したのなら、あなたはなぜその時に止めなかったのですか?」
見た目こそ人のままだが、クラウスが悪魔としての本性を少しだけ解放している。具体的に言うと抗いがたい魅力で注目を集めているのだ。
教皇の前でそんな大胆な真似をするなんて。ハラハラしながら見守っていると、ヒナコは歯切れ悪く答えを返してきた。
「それはその……」
しばらく思案するそぶりを見せた彼女は、ゆっくりと慎重に言葉を選び出す。
「……ごめんなさい、あの日はヒナもお酒を断れなくて…………ちょっとだけ記憶違いしてたかもしれません。そう……彼女が持ってきたのは毒入りのワインボトルだったんです。毒を直接入れたのを見たわけでは無かったので、その、確信が持てなくて……」
嘘だ。そもそもネリネはあの晩、祝賀会の会場に足を踏み入れてすらいない。顔をしかめていると、ヒナコは心情に訴えるよう声を張り上げた。
「でもあれは毒です。ぜったいに毒が入ってました! だってあからさまに怪しかったし、すごくいやらしい笑みを浮かべていたんです彼女!」
眉毛をハの字に曲げて訴えるヒナコに聴衆の意識が少し流れる。だが、にっこりと笑ったクラウスが全てをかっさらっていった。
「なるほど。ところであなた最初に、毒が入れられたのは『ジョッキ』と言いませんでした? ジョッキでワインを飲みますか? 毒を入れられたのはビアですか? それともワイン?」
「!!!」
ヒナコが言葉を失うのと同時に、一斉に記者たちがメモをめくり返す音が響く。ざわざわとする中、かまをかけたクラウスはさらに追い込んでいく。
「いくらアルコールが入ってたとは言え、証言が二転三転していると感じるのは私だけでしょうか? 本当にその現場を見たんですか? 思い込みの可能性は?」
「そ、そんなこと……」
「そもそも、あの宴会場にコルネリアは居ませんでした。彼女は教会に残り、病床の後片付けを一人黙々と行っていたのですよ。作り話の設定が甘いんじゃないですか?」
大きな目をこぼれそうなほど開いていたヒナコだったが、『作り話』という単語に顔をクシャっと歪ませ大粒の涙をボロボロと溢れさせた。
「だって、だって、ほんとに見たんだもん……ひどい……なんでそんなひどいこと言うんですかぁ」
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