第30話
「誓います」
何のためらいもなくネリネは即答した。当たり前だ、自分は全てを白日の下に晒すためここに来たのだから。
「では改めて。今回あなたを呼び寄せたのは、二週間前ホーセン村で起きた疫病についてです」
抑揚のない声で喋る教皇は、感情を読ませない薄い色の瞳でこちらを見下ろして来た。
「この病の発生についてあなたが何か関与しているのではないかとヒナコから告発を受けました」
すぅっと細められた教皇の目がネリネを射抜く。
「説明、願えますか」
記者団のペンが一斉に動き出す音がする。それを背中に聞きながらネリネはゴクリと唾をのんだ。何から話そうかと思案する隙に、ヒナコから先制攻撃が始まった。
「私、見たんですっ」
震えながらも胸元を握りしめるヒナコはまさに正義のヒロインだった。悪を滅そうと覚悟を決めた聖女の姿にペンの音がより一層鳴り響く。
「ホーセン村で開いて貰った祝賀会の夜、こっそりやってきたコルネリアさんがみんなのジョッキに何かの液体をこっそり入れて回ってたんですっ。」
――たぶんだけど、私が悪魔な事は、彼女は裁判の場じゃ言いづらいんじゃないかな。
ここに来るまでのクラウスの言葉がよみがえる。彼の予想通り、ヒナコは悪魔にしてやられたということを伏せたいようだ。
なぜなら、真の聖女とはその存在自体が悪魔を退けると信じられているから。自分の聖女としての格を下げるエピソードは極力避けたいのだろう。
だから、当初の予定通りコルネリアを集団病の犯人に仕立て上げることに決めた。完全なるでっち上げだが、彼女にはその出まかせを真実にすり替えるだけの自信があるのだ。
ここでヒナコは言いにくそうにためらう素振りを見せた。視線を横に逃がし、声をギリギリ聞こえる程度に潜める。
「私たちが首都に帰った後、またあの病気が発生したと聞きますし、もしかしたら今回の事件は復讐のために最初から彼女が仕掛けたことなんじゃないかって……王子とも話し合ったんです」
「そうだ、それにその女は私たちの事をひどく怨んでいたはずだ。自業自得で左遷されたのに、反省するどころかこんな計画を実行するとは! 何たる極悪非道! 二度目はない、断じて赦されることではない!」
「つまり、怨みからの犯行だと?」
お得意のストーリー操作が始まった。教皇との話を黙って聞いているとヒナコはますますドラマチックに作り話を広げていく。
「はい。それに、彼女の養父だったエーベルヴァイン卿から聞いたのですが」
ここでヒナコはチラッと傍聴席を見やった。視線の先にいた卿は誇らしげに背筋を伸ばしてウンウンと頷く。
「コルネリアさんの実のお母様は森の中で怪しげな薬の調合をしていたとか……おそらくその時の知識を用いて毒を用意したのではないでしょうか」
「ふぅむ」
ありもしない捏造の泥をこってりと塗りたくられたネリネは、今や稀代の悪女に仕立て上げられていた。背後では目つきの悪い女のスケッチが描かれている頃だろう。
だがネリネは怯まなかった。あの時の泣き寝入りするしかなかった自分とは違う。決して俯くことなく聖堂の上段をまっすぐに睨みつける。
その毅然とした態度を不審に思ったのだろう、泣き真似をしていたヒナコの表情が少し曇った。それには気づかず教皇はあの時と同じ問いかけをしてきた。
「さてコルネリア、申し立てることはありますか?」
「……少しお尋ねしたいのですが」
ネリネは落ち着いた動きでスッと手のひらをヒナコの方に動かす。そして首を傾げ言い放った。
「教皇様はわたしに説明を求めたはずですが、そちらの方は一人で何を勝手にベラベラと喋っているのでしょう?」
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