第28話 首都ミュゼルにて
クラウスの予測は的中した。あの激動の一夜から二週間、本部から呼び出しをされたネリネは首都ミュゼルの大聖堂の前に佇んでいた。
「ここから追放されて、まだ半年も経っていないんですよね……」
複雑な表情で正門を見上げる彼女は、今日はシスター服ではなく私服を着ていた。白いブラウスにカーキ色のスカートという地味だが品のいいスタイルだ。
返事は求めていなかったが、その隣にザッと立った『彼』は不敵に笑いながら言った。
「あぁ、そしてそれは、そっくりそのままあの女をのさばらせてしまった期間ということになるな」
「……」
ネリネはその姿を一瞥して、この街に到着してから何度目になるか分からないため息をついた。なぜなら、クラウスは上下をビシッとスーツで決め、髪の毛を整髪料で撫でつけオールバックにしていたのである。田舎村の素朴な神父が、少し姿を消したかと思うと伊達男になって帰ってきた時の衝撃たるや……道行く女性たちからの奇異の目を感じて、ネリネは彼から一歩引いた。
「クラウス」
「何だい?」
「わたしたちは仮にも裁かれに来たんですよ、そんな気合いの入った格好はどうかと……」
今回二人は、ホーセン村で起きた集団病の重要参考人として呼ばれた。つまりは容疑を掛けられているのだ。
ところが神父は堂々と胸を張って、心外だとでも言わんばかりの顔をした。
「何を言う、戦いの場だぞ。恰好から威嚇しないでどうする」
「妖気で悪魔だとバレても知らないですからね」
事実、彼からはタダ者ではないオーラがにじみ出ている。あまり目立ちたくないネリネは往来の黄色い声に押されてさらに一歩退いた。
その後、二人は本部の正面アプローチを抜けて中庭に来た。いつもなら地方から礼拝に訪れる人たちで賑わっているのだが、今日は裁判が行われるため関係者以外は立ち入り禁止になっている。
閑散とした場を抜けて、いよいよ聖堂に入ろうとしたところで頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「ノコノコ来ちゃってごくろーさま、カミサマに必死の祈りは捧げてきた?」
小ばかにした声の持ち主はもちろんヒナコだった。正面玄関の上にあるテラスから、今日も清楚にセットした髪型と服装で頬杖をついてこちらを見降ろしている。
ネリネがそれに答える前に、不愉快そうにフンと鼻を鳴らしたクラウスが返した。
「呼び出しに応じなければ職を解かれるからな、拒否権はないんだろう?」
「あれぇクラウスさん。今日はずいぶんと人に化けるのがお上手ですね~、神父をやめたらホストにでもなったらどうです?」
きゃはっと笑うヒナコの言葉は、暗に今日の結末を匂わせていた。煌めく瞳で見下した彼女は続けてこう言った。
「あ、ここでヒナを攻撃しようとしても無駄ですよぉ。そんなことしたらすぐに悲鳴をあげてやるんだから」
ギクッとして身体が強ばる。今、自分たちは彼女の妄言一つで現行犯逮捕される立場にあるということを改めて思い知らされたからだ。
だが、ヒナコはネリネたちが公衆の面前の前でブザマに裁かれるのを望んでいるらしかった。手玉に取るのを楽しんでいるようにクスクスと笑う。
「裁判は全部ヒナの思い通り。もうぜーんぶ教皇さまに言いつけて根回しは済んでるの。新聞記者もたんまり呼び寄せてあるのよ」
思わず怯みそうになってしまうネリネだったが、肩に手をポンと置かれる。見上げるとクラウスは自信たっぷりに挑戦的な目をヒナコに向けていた。
「ご覧ネリネ。聖女にしてはずいぶんとせせこましい小物が居るぞ」
一瞬グッと詰まったヒナコだったが、すぐに鼻で笑うとドレスを翻した。
「裁判の後でもそんな余裕を見たいものですよ、お二人さん」
そして最後に振り返ると、聖女とは程遠いしたり顔でニヤリと笑った。
「ねぇコルネリアちゃん。あたし前に居た世界では邪魔なヤツは徹底的に潰してきたの。あたしが願えば白も黒になる。アンタもそこの悪魔も、この国じゃもう生きていけなくしてやるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます