第11話

 自信が無さそうに消えていく言葉尻だったが、反対にネリネの目は大きく開いていく。


 ――イラカの花は猛毒。だけど、私が産まれたところでは『賢者の花』とも呼ばれていてね、適切な扱いさえすれば薬になるんだよ。


 夢の中では聞こえなかった声が火花のようにパッと蘇る。勢いよく立ち上がった彼女は、霞がかっていた頭脳に血がめぐり始めるのを感じた。


「お母さん……あの花の効能だけは教えてくれなかった……強すぎるし、この国じゃ必要ないだろうからって」


 そうだ、例の『大地の変化によって臭気を振りまく花の話』は、その後にしてくれたのではなかっただろうか? そして、その性質によく似通っているソフィアリリーの花……。


「……人体に影響のない濃度まで薄めたイラカの成分を少量ずつ投与して……」


 バッと立ち上がったネリネは、自室に駆け戻り一冊のノートを取ってくる。そこには、庭の薬草畑を作り始めた時から書き溜めていた野草の成分がまとめられていた。触ってはいけない物をまとめたページを探してパラパラとめくる。


「要注意、毒を含む野草:トリカブト、ベラドンナ……イラカの花! あった! あります! この近くにも生えてます!」


 手がかりを掴んだ彼女の緑の目は、爛々と輝き始めた。その熱気に若干気おされながらクラウスはおそるおそる尋ねる。


「ほ、本当に患者に毒を摂取させるつもりかい?」

「やってみる価値は、あります!」


 ありとあらゆる手は尽くした後だ。このまま死にゆく彼らを黙って見過ごすくらいなら、この一手にかけてみるしかない。先ほどまでの眠気もどこへやら、ネリネは張り切って腕まくりを始めた。


「すぐにでも採取しに行きましょう!」

「ちょっ、少しぐらい休まないと……」

「そうですか! どうぞ休んで下さい! わたしは一人で集めてきますので!」

「こらこらこら」


 歩くのもやっとな彼女を行かせるわけにもいかず、クラウスは机の上に転がっていたカモミールの束をネリネの鼻の下にサッと差し入れた。

 甘い蜜リンゴのような香りがふわりと香り、気力だけが先走っていた思考がとろんと蕩けていく。急にまぶたが重くなり、抗えない睡魔の波が意識を浚った。

 効果はてきめんだった。カクリと崩れ落ちるネリネを受け止めた神父は、苦笑しながらその軽い身体を抱え上げた。


「まったく、こうと決めたらそれしか見えなくなるのは、子供の時から変わらないな……」


 すぅすぅと、健やかな寝息をたてながら眠る彼女を自室まで運び寝床に優しく横たえる。しばらくその寝顔を愛おしそうに見つめていた悪魔は、かかとをくるっと返すとその場から瞬時に消えていた。


 ***


「ん……」


 喉の渇きを覚えて目を覚ましたネリネは、一瞬自分がどこに居るか理解できなかった。だが意識を失う前後がつながると、ガバリと起き上がり窓代わりの木扉を勢いよく開ける。


「嘘……!」


 とっぷりと暮れた夜半が視界に飛び込んできた瞬間、眠ってしまった自分に愕然とした。だがキュッと眉をつり上げた彼女は、カーディガンをひっつかむと肩に掛けながら足早に部屋を出た。


(こんなに暗くては黒い花を見分けるのも難しい……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。這いつくばってでも探さなきゃ――!)


 手提げランプに火を入れ、採取用カゴを持って勝手口に手を掛けようとする。その瞬間、扉が向こう側から開けられた。驚いて一歩ひくと、もうすっかりおなじみとなった神父がそこにいた。


「もう起きたのかい?」


 ランプにぼやっと照らされた笑みに様々な言葉がこみ上げる。どうして眠らせたのかと不満が飛び出しかけたところで、彼が抱えていた物が目に入った。


「それ……」

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