第7話

 一瞬ポカンとした神父は、言葉の意味を理解すると心の底からショックを受けたような顔をした。


「ひどい! いくら私が『アレ』だからって偏見にもほどがあるよ! 神に誓ってそんなことしてない!」

悪魔あなたが神に誓ったところで信憑性が……」

「うわぁぁ差別だー!」


 ハァっとため息をついたネリネは、泣きわめくおっさんを放置して歩くスピードを上げた。まぁ、あれだけ走り回って看病をしてくれたクラウスが犯人だとは考えにくい。


(と、普通なら考えるだろうけど……)


 疑り深いネリネは念押しをしてみることにした。肩越しに振り返って尋ねる。


「あなたのチカラでどうにか出来ないんですか?」


 だいぶ離れた位置に居た悪魔はトンッと地を蹴るとネリネのすぐ横に出現した。ビクッとするが、彼は気にした様子もなく答えた。


「残念ながら医療は専門外だな。私は『破滅』を司る悪魔だから」


 物騒な発言に冷や汗が出る。だが、ここで手立てを示さないということは、恩を売りつける自作自演の線は薄いのだろうか? 真顔で思考を巡らせるネリネをよそに、破滅の悪魔らしい男は思い出したように喋り出した。


「居るには居るよ、契約する代わりに不老不死の秘密を教える医療系悪魔が知り合いに」


 それは何と言うか……ずいぶんと高い代償が付きそうな悪魔である。どんなに死の淵に立ったとしてもそいつだけには頼るまいと密かに決めたネリネだったが、クラウスは親切そうな顔をしてこう続けた。


「なんならそいつを呼んで来ようか――いや、やっぱりダメだ。君が私以外の悪魔と契約するなんて考えただけでも嫉妬で狂いそうだ」

「あなたと契約するつもり『も』全くありませんけどね」


 なぜこの悪魔が自分に固執するのかは分からないまま、ネリネは問題解決に向けて歩みを進めた。事態はそれどころでは無いのだから。


 ***


 北西地区は死んだように静まり返っていた。ぽつぽつと明かりが灯っている家もあるが、やはり住人の大半は教会に駆け込んでいるようだ。

 変わった様子は無いかとネリネは辺りを見回すが、異変に気付いたのはクラウスが先だった。空気中の臭いをクンと嗅いだ彼は顔をしかめる。


「……魔界の瘴気に似た香りがする。人間には良くない物だ」


 身体を強ばらせたネリネは、慌てて持ってきた布を口に当てた。平然とどこかへ向かう神父の後を追うと、村の境界を守る低木の生け垣にぶつかった。この季節に咲く白い花が咲き乱れ、月明りを反射している。


「ここからだ」

「えっ」


 俄かには信じられず目を見開く。ソフィアリリーと呼ばれるこの花は、初代聖女ソフィアの名を冠する聖花だ。野生動物が匂いを嫌うので、教会が育てることを推奨している。例外ではなく、ホーセン村にも取り囲むようにして植えられているのだが……。

 その時、生ぬるい風がザザザと宵闇をかき乱す。可憐に咲く白い花たちが一斉に揺れ、淡く光るピンク色の花粉がそのほころびから一斉に放出された。


「うっ!」


 その花粉を少し吸い込んだだけですさまじい頭痛がネリネを襲った。激しく咳き込む彼女を遠ざけながら、クラウスは口を開く。


「どうやらこの花が原因で間違いなさそうだね。焼き払おうか?」

「待っ……て下さ……」


 こみ上げる吐き気を堪えながら、ネリネは神父の腕に手を掛ける。原因を特定する前に手がかりを消すのはまずいし、それに


「こうなる原因に、心当たりがあるかもしれません」


 ***


 幸い、花粉を吸い込んだのはほんの少しだったようで、ネリネの症状はしばらくすると落ち着いた。長時間吸い込み続けると患者たちのような症状が出るのだろう。

 教会の食堂へと戻ってきた二人は、サンプルとして採取してきたソフィアリリーをガラスケースに入れ向かい合う。


「ずいぶん昔に聞いた話ですが……母の生まれ故郷に、環境が悪くなると臭気を放出する低木の花があったそうです」


 枝についた花からは相変わらずピンクの花粉がこぼれ落ちている。それを眺めながらネリネは続けた。


「ゆえに大地を汚してはいけないと、そう言い伝えられていたとか」

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