第5夜
芳一がいつものように琵琶を弾こうと自室へ戻ると、すでに何者かの気配がした。というよりも、部屋の中で何かが暴れている。
(なんで騒がしいんだ?)
いつもは静かな自室に違和感を覚えながら襖を開けると、5,6人の気配が動いている。芳一にはトントンと中で人間が歩いているように感じた。
「寺の中はこうなっているのか」
そのうちの誰かが言っている。まるで生きている人間のようだった。
「きゃははは!」
彼らは楽しそうに芳一の部屋を闊歩していた。
「ほーいちぃ、遅いぞお!」
前夜にやってきた軽い男子の声がした。前夜と変わらず明るかった。
その声の主の気配が芳一の前まで来る。
「芳一の話をしたら、我も我もと言うのが増えて、ちょっとした演奏ができそうなほどになってしもうた」
それぞれが返事をして芳一に手を振っているようだった。
「もっと遅い時間に来ると思っていました」
いつもよりもずっと早い時間だった。
「
明るく男子が言う。
(ボクの方が弱々しい気がする)
押され気味の芳一。
(しかも『御上』って言ってるし……)
御上というのは天皇のことだった。
(聞かなかったことにしよう。他の天皇のことかもしれないし、もしかすると彼らは生きている人かもしれない。こんなに元気で生命力にあふれている幽霊なんて聞いたことがない)
阿弥陀寺には安徳天皇の墓があった。それをお参りするお忍びの天皇かもしれないと芳一は思い込もうとした。
「芳一、琵琶を弾け。我らがそれに合わせてやろう」
てけてんという太鼓の音、ぴーひゃらという笛の音がする。
芳一は細かいことを考えないようにした。
(琵琶が弾ければ、そして鍛錬ができるのならそれでいい)
そして芳一は琵琶を弾く。すると、琵琶に合わせて皆が奏でる。
子供のように大騒ぎしていたのが嘘のようだった。
(なんて素敵な音楽なんだろう)
芳一を導くように、そして慈しむように奏でられる。
(この世に生きている人には出せない音かもしれない)
喜びと哀しみが入り混じって、美しい音が紡がれていた。
(ここに入れるなんて、光栄だけど、未熟だから恥ずかしい)
だから、少しでも上手に聴こえるようにと、芳一は一所懸命に弾く。
そして、キリの良いところまで弾き、手を止めると拍手喝采が来た。気づくと辺りには人らしき気配があふれ、それに囲まれていた。
「あらまあ、なんて美しい」
「ほんに、ほんに」
女性の高らかな笑い声もする。芳一の地味な部屋がパッと晴れ渡るようだった。
「ほほほほほ」「良きかな、良きかな」「えらいまあ見事な」「ほんにまあ」
いろいろな誉め言葉があちらこちらから聞こえてくる。その声に乗せられ、芳一も弾く。
しばらくして、
「なんだ。もう始めておったのか?」
芳一が師匠と呼ぶ子供の声がした。
いつの間にか、夜も更けていつもと同じ時間になっていた。芳一は気づかずに琵琶を弾き続けていたようだった。
「遅うございますよ」
華やかな声と、さらなる笑い声。それが芳一を包む。
「吾が師ぞ。勝手にするでない」
師匠の子供が叱るように言うが、その声も楽しそうだった。その空気を感じ、芳一も嬉しくなった。
「では聴いてやろう。芳一、奏でや」
「はい!」
実はもうヘトヘトだったが、敬愛する師匠のために、芳一は琵琶を弾いた。それまでで一番の音になるように、懸命に。
子供はそれに気づいていたが、にこりと微笑み、芳一に弾かせた。
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