昼の話

平敦盛たいらのあつもりが来たのか?」

 4日目の明け方まで琵琶を弾いていた芳一が仮眠をとって起きてきて、その話を聞いた和尚は興味を持った。

 敦盛は清盛の甥で『平家物語』の『敦盛の最期』は人々からの人気も高い話だった。


「顔はわからないので美少年かどうかはわかりませんでしたが、歳の頃はそれくらいでした」

 敦盛は数えで17歳(満だと15~16歳)、笛の名手であまりに美しい少年だったので、武骨な源氏の熊谷直実くまがいなおざねは首を取る手が震えてしまったと言われている。


「そうか、敦盛の霊が」

 有名な霊が来たので和尚の気分は少し高揚しているようだった。

「物語から受ける印象と違って、元気のよい少年でした。だから、違うかもしれません」

 敦盛の最期は潔さが称えられる話で、芳一はそれとはやや異なっている気がした。それに嬉しそうな和尚の雰囲気を感じて、少し自信がなくなっていた。違っていたらぬか喜びさせることになってしまう。


「どうして敦盛だと思ったのだ?」

「敦盛の最期を所望したのと、それを聴いて泣きじゃくっていました」

「それが根拠か?」

「ボクは目が見えません。だから、それが根拠です」

 それを聞いて和尚も考える。


「たしかに哀しい話だが、そんな歳の者がさすがに泣きじゃくりはしないだろう」

 平家物語は人の世の儚さを歌ってはいる。けれど、よっぽどなことでなければ泣きじゃくるとまではいかない。


「やっぱりそうですよね。敦盛の最期はあまり弾いたことがないし、自分の腕で感動させられたとも思えません」

 腕の確かな者が奏でたのならともかく、幼い芳一ではまだそこまでの域に達してはいない。


「名乗りはしなかったのか?」

「彼らは誰も名乗っておりません」

 安徳天皇というのも和尚が勝手にそう思っただけだった。


「ふうむ」

 芳一の話を聞いて、和尚は気になってしまった。

 夜な夜な芳一の元を訪れる高貴な者たち。芳一の話を聞くと生きている人間とは思い難い。


 平曲を聴きたがる人外たち。

 壇ノ浦の近くにある阿弥陀寺は、平安末期の源平合戦の壇ノ浦の戦いで亡くなった平家の人々の墓がある寺だった。平家の怨霊を祀るための寺でもある。


「ううむ」

 しばらく和尚はうなっていた。


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