12.戦場は、え、畑!?

「おい、シルフィーユ!! もたもたすんなよ!!」


「あ、はい、ごめんなさい!」


 ラスティールの広い屋敷内。

 その敷地内には中規模の規模の菜園があり、野菜や果物などを自家栽培している。郊外の少し辺鄙な場所にあるホワイト邸。庭園栽培も大切な仕事である。



「ホント、情けない奴だな!! ちょっとはホワイト様の為に働けよ!!!」


「は、はい……」


 菜園の荒れた畑を耕そうと、そこにホワイト家に仕える雑用勇者数名が集まっている。

 声を荒げているのは黒く日に焼けた肌に筋肉隆々の大女。そしてその前に座り込んで怒鳴られているのは、白く弱々しいおさげの女の子。大女が言う。



「さあ、あれを持って早く耕せ!! シルフィーユ!!」


「はいっ!」


 シルフィーユと呼ばれた女の子は直ぐに立ち上がると、急いでクワが置かれた方へと走り始める。その時だった。



「きゃっ!!」


 バタン!!


 シルフィーユが走り出したその先に、大女の足が勢いよく出される。それに引っかかり転ぶシルフィーユ。周りにいた女達がそれを見て大声で笑い始めた。



「何やってんだ、お前! 遊んでんじゃねえぞ!!!」


「は、はい。ごめんなさい……」


 シルフィーユは汚れた服を払い立ち上がろうとする。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。




「おーい、何やってんだ? お前ら」


 そこへこの屋敷では珍しい男の声が掛かった。



「ああ?」


 その声に反応して振り向く女達。そこには見たことがない男が立っている。取り巻きの女が小さな声で大女言う。


「デレトナさん、あいつがラスティール様が連れて来た男です……」


「ほう……」



 村比斗むらひとは倒れているシルフィーユの元へ行って手を差し出す。


「ほら、立ちな」


「え、あ、はい。あなたは……」




(ん? あれは村比斗? 一体何をやって……?)


 その様子を少し離れた本邸の窓から見つめるラスティール。大女デレトナが村比斗に言う。



「あんたがお嬢様の連れてきた男か? 一体何しに来たのか知らねえけど、とっとと立ち去りな。邪魔だ」


 デレトナは村比斗が見上げるほどの巨体。村比斗は直ぐにステータス画面を確認する。



(『脳金デカ女勇者』か。面倒な奴だな、こりゃ……)


 村比斗が言う。


「どうでもいいが、ちょっと目に余ったんでな。この子が何をした?」


 デレトナの顔色が変わる。



「あー? てめえ、聞こえなかったんか? 『立ち去れ』って言ったんだよ!!」


 大きな声が辺りに響く。よろよろと立ち上がったシルフィーユが言う。



「だ、大丈夫です。ありがとうございます。私がいけないんです、ちゃんと畑仕事ができないので……」


 そう言って広く荒れた畑を見つめるシルフィーユ。それを見た村比斗が言う。



「なんだ、こんなもん。適当にぱっぱと終わらせればいいじゃん」


 その言葉に女達が反応する。



「はああ? 貴様っ、適当なことを言うな!!! 畑仕事がどれだけ大変なのか、分かっているのか!!!」


「知ってるよ(村人だし)」


「だったら適当なことを……」


 村比斗が言う。



「うるせえな。じゃあ、俺が代わりに畑を耕してやるよ。この子がやる分、全部。それでいいだろ?」


 突然の提案に驚くデレトナ達。そして大声で笑いながら言った。



「あははははっ!!! お前が、耕す? これは何の冗談だ!! そんなモヤシのような細腕で何ができる!?」


 村比斗は素早『クワ』のステータスを確認する。少しだけそれを眺めてからデレトナに言った。



「おい、デカイの。じゃあ俺と勝負しねえか? この畑一面、どっちが早く耕せるか?」


 デレトナは一瞬で驚いた顔をしたが、直ぐに再び大声で笑いながら言った。



「ぎゃはははっ!! これは傑作だ、あはっ、腹が痛ええ。お前がこの私に勝負を挑もうってのかい? なあ、おい。お嬢様の客人だからって、調子に乗るんじゃねえぞおお!!!」


 大女デレトナの迫力に周りにいた皆が青ざめる。シルフィーユが言う。



「あの、わ、私は大丈夫ですから……」


 村比斗が答える。


「心配するな。ぱぱっと片付けて来る」



「よーし、じゃあお互いそこにあるクワで勝負だ。この畑を耕す。いいか?」


 デレトナの言葉に村比斗が前を見つめる。広い畑。手入れされていないのか荒れ果てている。


「分かった。だが俺が勝ったらこの子、いや今後、人を見下しような態度はするな」


 デレトナが腕を組んで言う。


「ああいいぜ。その代わり私が勝ったらお前、土下座して『ごめんなさい、デレトナさん。お許し下さい』って言いながら、その舌でこの靴をきれいにしろ。できるか、ああ?」


 デレトナが農作業で汚れた靴を見せながら村比斗に言う。大笑いの女達。


「ああ、いいだろう」


 村比斗が冷静に答える。



「おやめ、おやめ下さい。私ならいいです!!」


 シルフィーユは泣きそうな顔になって村比斗に言った。


「大丈夫。ああいうバカには一度分からせなきゃいかん」


 デレトナが怒りの表情となる。


「雑魚が! 今に泣き面かくぞ!」




「始め!!」


 他の女の号令で畑での戦いが始まる。

 デレトナは直ぐにクワの前に立ち、大きく息を吐いてから気合を入れる。


「があああああああ!!!」


 見ていた女達が言う。


「出るわよ、デレトナさんの超怪力!!」



「ふんっ!!!」


 デレトナは全身を真っ赤にさせながらクワを持ち、力を入れる。



「ぬぐうおおおおっ!!!」


 デレトナの真っ黒な筋肉が一回り大きくなる。そして大粒の汗を流しながら再度気合いを入れた。


「はあああっ!!!」



「おおおっ、凄い!!!」


 デレトナによって腰の高さまで持ち上げられたクワ。それを見た女勇者達が大声で騒ぐ。



「さ、さすがデレトナさん!! あの超重いクワを持ち上げて、さあ、奴はどうする? 降参なら今のうちに……、えっ!?」


 村比斗はゆっくり自分のクワの前に歩み寄ると、そのクワを握りしめる。



(ああ、しっくり来る。素晴らしいクワだ……)


 そして皆が見守る中、ひょいと片手でクワを持ち上げた。



「うそ……、そんなバカな……」



(クワが、畑が、土が俺を呼んでいる……)


 皆が驚きを持って見つめる中、村比斗は気合いと共に豪快にクワを地中へと突き刺した。

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