13.愛の告白?

【道具名:クワ】

【装備可能職業:村人……】


 村比斗むらひとは畑の戦いの前にすでに勝利は揺るがないものと確信していた。


 という村人にとって最も得意なフィールドでの戦い。しかもその道具は『クワ』は村人にとって一番身近ともいえる道具であり、さらにその装備可能職業に勇者のがなかった。つまり、



「ぬおおおおおっ!!!」


 どれだけの怪力勇者が現れようとも、あのクワでしっかり畑を耕すことなど不可能なのである。



(しかしすごい怪力だな。装備不可の道具を無理やり持ち上げて使おうとしている……)


 村比斗はデレトナが死にそうな顔でクワを持ち上げている様子を見て感心する。


(しかし、ここは村人にとって聖なる領域。勇者おまえらが俺に抗える場所ではない!!!)


「はっ、はっ!!」



 村比斗は両手でクワを持つと規則正しく、そして華麗に畑を耕し始めた。


「す、凄い。な、何なんだ。あれは……」



 そこにいる皆が村比斗の畑を耕す姿に見惚れた。

 背筋は伸び、腕はまるで鞭のように滑らかにしなり、そしてサクサクと心地良い音を立てながら土を耕していく。時に力強く、時に可憐にクワを振るうその姿は、ただただ美しかった。



「はあ、はあ、ど、どうなってるんだ……」


 一方のデレトナは、鉛の塊のように重いクワを必死に膝ぐらいまで上げ、耕すと言うよりはそのまま落とすような感じで畑を叩いている。

 腰はひけ、足はフラフラで村比斗と比べるとあまりにも不格好。勇者では扱えない道具を怪力で無理やり使っているのだから本来褒められるべきところなのだが、今日ばかりは相手が悪かった。



「あいつは一体……、もしかして物凄い強い勇者なのか……?」


 重いクワを平然と持って耕す村比斗の姿を見て、女勇者達がざわざと騒ぎ出した。



「ラスティール様の客人、やはり常人ではないと言うことかしら……」

「細くて凄く弱そうに見えるけど、実は名のある勇者様とか?」


 そんなひそひそ話は戦っている村比斗には届かない。ただただ感じる。



(ああ、何て気持ちが良いんだ……)


 村人としての本懐。

 純粋に畑仕事ができることに喜びを感じる。



「さあ、行くぜ!!」


 村比斗は片手でクワをくるくると回転させると、ラストスパートに入った。



「はああああ!!!」


 さらに速度が増すクワ。

 皆が驚く間にどんどんと耕される畑。

 そして最後の一振りを地中に突き刺すと、村比斗は天を仰いで言った。



「ああ、おにぎり、食べたい……」


 心地良く流れる汗、程よい体の疲れ。

 村比斗はクワを担ぐと、皆の近くで倒れているデレトナの方へ歩み寄る。



「おい」


 村比斗は疲れ果てて倒れているデレトナにクワを向けて言う。



「俺の勝ちでいいんだな?」


 デレトナはゆっくり起き上がると、村比斗の前に両手をついて頭を下げて言った。



「私の完敗だ。まさかこれほどまでとは。どこぞの高名な勇者様であろう。この度の非礼をお詫びする」


 そして再度深々と頭を下げて謝罪した。




「村比斗君~!!」


 そこへミーアが駆け付けて言った。



「あれ~? どうしたのこれ?」


 きれいに耕された畑を見て尋ねる。



「ああ、汗かいて来た。気持ち良かったぜ」


(ちょっと!? だと!!)


 女勇者達はあれだけの大仕事をしておきながら、『ちょっと』だと言う目の前の男を見て震え上がった。



「あ、あの……」


 シルフィーユが目をウルウルさせながら村比斗に近付く。



「おーい、村比斗!!」


 そこへラスティールも駆けつけた。


「ラスティール様!!」


 先程までの横柄な態度が嘘のように、女勇者達が一斉に片膝をついて迎える。ラスティールがデレトナに言う。



「デレトナ、お前はまた弱い者いじめをしたのか?」


 膝をつきながらデレトナが慌てて答える。



「い、いえ、そのようなことは……」


「やってたじゃねえか、お前」


 ラスティールの横に立っていた村比斗が言う。デレトナがうなだれて答えた。



「はい、申し訳ないです。自分の力を過信し、上には上がいることを今日改めてこの身に知りました。申し訳ございません!!」


 涙目になって再び謝罪するデレトナ。自分の想像の上を遥かに行く相手を前に完全に委縮してしまっている。ラスティールが村比斗に小声で言う。



「おい、村比斗」


「ん? なんだ?」


「お前分かっていると思うけど、普通に戦ったら命なかったぞ。こいつ怪力、普通じゃない」


 それを聞いて顔を青くする村比斗。勇者として別の戦いで争っていたら間違いなくやられていた。そんな場面を想像し震える村比斗。デレトナが言う。



「兄貴、名前を、名前を教えてくれないか?」


「は? あ、兄貴!?」


 いつしか兄貴分にされた村比斗。言わないと殺されそうだったので小さな声で答える。



「む、村比斗……」


 デレトナの顔が明るくなる。



「村比斗様、素晴らしい名前だ。いつしか剣でも私に稽古をつけてくれ」


(うぐっ!!)


 それを横で見てくすくす笑うラスティール。

 しかし隣にいたその女勇者の取った行動に、浮かんだ笑いもすぐに消えてなくなった。



「む、村比斗様っ!!」


「ん?」


 それは村比斗に助けられた雑用勇者シルフィーユ。村比斗の前に行くと、その両手を持って言った。


「ありがとう、ありがとうございます。本当に感激しました!!」


 村比斗が答える。



「あ、えっと、シルフィーユだっけ、そんなに気にしなくても……」


「シルフィって呼んでください!!」



「ん、ああ、シルフィ。俺は別に大したことやってないからあまり気にしなくても……」


 そこまで言い掛けた村比斗は、周りの反応に気付いて口を閉じる。



「む、村比斗。お前、それは……」


 皆が驚いた顔で村比斗を見つめる。意味が分からない村比斗が尋ねる。



「何? どうしたんだよ?」


 ミーアが答える。



「村比斗君、女の子がね、自分の愛称を異性に呼ばせるって、それってね……」


 ラスティールが言う。



「愛の告白だ」


「はああああああああ!?」


 村比斗は自分の手を握って目を輝かせて見つめるシルフィーユにようやく気付いた。

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