10.で、『当たりまくら』って何だ?
「ふんっ、結局逃げたか。クソ勇者めっ!!!」
魔王ガラッタは森の中でひとりつぶやいた。
薄暗い森の中、静寂が広がる森にガラッタの声だけが静かに低く響く。
巨木のような大きな体。黒光りする筋肉質の体には、強い邪気が溢れんばかりに漲っている。その丸太のような太い腕の拳を強く握り、ガラッタが言う。
「雑魚勇者じゃさすがにレベルの上がるのが遅い。あの金髪の女勇者、それなりの使い手だったから、是非
魔王ガラッタは寸でのところで討ち取れなかったラスティールを思い出す。
「本当はオレ様ひとりでベガルド王国へ乗り込んでもいいけどな。まあ、それはあいつが許さんだろう。ふん、勇者の分際で、気に食わん奴だ……、はあっ!!!」
ドオオオオオオオン!!!!
魔王ガラッタが気合を入れると、辺りに生えていた巨木がまるで雑草のように薙ぎ倒されて行った。瞬間的な爆音が収まると、再び森に静寂が戻る。
「いずれこの魔王ガラッタ様が勇者共を皆殺しにしてやる。最も残忍な方法でな。ぐははははっ!!!!」
暗き森に魔王の笑い声が響いた。
「やっと、やっと着いたのか……」
森を抜けて数日、ようやくラスティールの屋敷に着いた村比斗が心から疲れた声で言った。
「久しぶりの我が屋敷だ……」
村比斗の横に立ちそう言ったラスティールの顔に笑顔はなかった。長旅の疲れもあったが、やはり偶発的な事故とは言え魔王ガラッタに遭遇し供の者を失った責任は彼女にある。
「立派なお屋敷ですね~!!」
そんな中でもひとり元気なミーアがその屋敷を見て言う。
(まあ、確かに屋敷はデカいな。ただかなり古くて傷んでもいる……)
村比斗は外から見えるラスティールの屋敷を見て率直に思った。広い敷地に大きな建物が幾つか見える。しかし至る所に綻びがあり、あまり修復されていない。
「さあ、入ってくれ」
ラスティールは鉄の門を開けると、ふたりを中に招き入れた。
「ラスティール様っ!!」
敷地内に入ると直ぐに屋敷で働く勇者達が迎えに現れた。皆行方不明になっていたラスティールの無事を喜んでいる。
そしてしばらく話をした後、ラスティールはふたりのところへやって来て申し訳なさそうに言った。
「ふたりとも聞いてくれ。実はふたりにはあちらの別邸で滞在して貰うことになった」
そう言って指差す方にはさらに一回り小さな古い館が立っている。ラスティールが言う。
「実は我がホワイト家の敷地には原則男は滞在できないことになっている。まあお前が『村人』なのでちょっと別の理由を言って滞在の許可は貰ったのだが、やはり私と一緒の本邸には住めないんだ」
村比斗が言う。
「はあ、だからあっちの小さい方か」
ラスティールが答える。
「ま、まあ、そう言うな。わ、私が仮に強い勇者になってしっかりとお金を稼ぐようになれば、そうだな、村比斗。お前にももっと立派な別館を建ててやれるぞ。私が強ければ万事解決だ、どうだ、名案だろ? お前もそうなった方がいいだろ?」
「何が『どうだ』だよ。一体いつになるんだ、その話?」
「うぬぬぬっ……」
何も言い返せなくなるラスティール。ミーアが言った。
「ミーアはどうすればいいのかな~?」
「ああ、ミーア。お前も悪いが同じあそこの……」
ラスティールがミーアの少し尖った耳を見て、ばつの悪そうな顔で言う。それを察したのか先にミーアが言った。
「大丈夫だよ~、ミーアは何にも気にしてないから!! 村比斗君~、ミーアと一緒におねんねするぅ?」
(ミ、ミーアと一緒に寝るだとお!?)
村比斗の頭にスケスケのネグリジェに身を包むミーアの姿が浮かぶ。ラスティールが顔を赤くして大声で言う。
「ダ、ダメだ、ダメだ!!! そんなの私が認めない!!! し、寝室は別にあるっ!! か、鍵もかかるから安心しろっ!!!」
「ちぇっ」
村比斗がつまらなそうに舌打ちする。ラスティールが言う。
「な、なんだその不満そうな顔は!! お、お前は恥を知れっ!!」
「なに言ってんだお前。可愛い子を見たらそう言うことを考えるのが男だろ? 逆に考えない方が相手に失礼に当たるぞ!!」
「な、なんと言う浅ましい考え……、じゃ、じゃあ聞くが、お前は私を見てもそのような妄想を抱くのか?」
ラスティールは少し恥ずかしそうに村比斗に聞く。村比斗がすぐに答える。
「何言ってるんだ、当たりま……」
そこまで言い掛けた村比斗が口を閉じる。そして考える。
(い、いかん。これではまるでこの俺があいつに好意を抱いている様ではないか!! それはつまり服従。俺の足元にメス犬の様に
村比斗の顔に汗が流れ出す。ラスティールが少し顔を赤らめて言う。
「なんだ? 『当たりま』なんだ?」
村比斗は全力で脳を回転させ言い訳を考える。そして少し考えてからラスティールを見て言った。
「あ、『当たりまくら』はあるのか?」
「は? 当たり、まくら……?」
ラスティールが驚いたような顔で言う。
「あ、ああそうだ。俺の世界でいつも愛用していた素晴らしい枕『当たりまくら』。あれがないと眠れないのでな。ちょっとあるかと思って聞いてみたんだ」
「なぜ突然枕の話などするのだ?」
村比斗が答える。
「そ、そりゃ睡眠は大切だろ? きちんとした健康管理には必須の枕だ!」
ラスティールが腕を組んで言う。
「森の中の野宿では、そんなもんなくても我先に眠っていたじゃないか」
(うぐっ……、た、確かにそうだな……)
ラスティールが問い詰める。
「で、どうなんだ? 私を見てもそのようないかがわしい妄想をしていたのか!!」
「い、いや、その……」
はっきり答えない村比斗に、ラスティールの顔が気のせいか少しだけ寂しくなった。
「もういい。お前など知らぬ!! 枕でも何でも勝手にしろ!!!」
「村比斗君~、ちゃんと答えなきゃ駄目だよ~、そう言うのは」
ふたりの間にミーアが入って言う。
「な、何言ってるんだ。俺はな……」
「いいのいいの、また時期が来たらちゃんと言おうね~、ラスティちゃんも強要はダメだよ~」
「強要? 違うぞ、ミーア。私はただ……」
「ただもヘチマもないよ~、さ、早く部屋に行こっ!」
そう言ってミーアは村比斗の腕を引っ張って歩き出す。ラスティールが慌てて言う。
「あ、おい! 『当たりまくら』はいいのか!?」
それを聞いたミーアが立ち止まって笑顔で言った。
「要らないよ~、ね、村比斗君」
村比斗はラスティールに背を向けたまま黙って頷いた。
「じゃあね~、また後で、ラスティちゃん!!」
「あ、ああ……」
ラスティールは首を傾げながら、黙ってふたりが別邸に行くのを見つめた。
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