9.女騎士様は『ティンティン』がお好き!?

「さーて、今夜はこの辺で休憩するとしよう」


 日も落ち暗く静かな森の中。静寂と、どこかで聞こえる何かの小さな鳴き声だけが辺りを包む。



「今日もいっぱい歩いたなあ……、一体いつになったら着くんだ、お前の家って」


「すまんな、何せ全く方向が分からん。だが何となくもうすぐ着きそうな気がする」


(こいつのこの不思議な自信は、一体どこから沸いて来るんだ?)


 ラスティールの言葉を聞いて呆れる村比斗むらひと。ミーアが言う。



「それより今日は収穫、少っくな~いね!」


 皆が今日の夕飯として捕まえた一匹のネズミ程の獲物を見て言う。ラスティールが腕を組んでつぶやく。



「これじゃあ、全く足りんな……」


 村比斗はラスティールの真剣な顔を見て思った。



(こいつ、細いくせに結構食うからな……)


 ミーアは普通だとして、ラスティールの食事量は村比斗のそれを遥かに上回っていた。と言って村比斗もたくさん食べる女性は嫌いではない。そんな空気を感じてミーアが言った。



「じゃあ、仕方ないから、エルフの里に伝わる『とっておきの携帯食』を食べましょうか!」


「なに? とっておきの携帯食だと!?」


 ラスティールの目の色が変わる。そしてミーアは肩から掛けたカバンの中から、布と紙に包まれたその食べ物を取り出して言った。



「じゃーーん!!」


 ミーアの手には紙に包まれたちょっと太い棒状の包みがある。ミーアが笑顔で言う。



「これはね、非常用の携帯食で、『豚肉の薬草挽肉腸詰ティンクタクト特別長期保存仕様ティンゼルボール』、略して……」


 ふたりがミーアを見つめる。



「ティンティン!!」


「ぶーーーっ!!」


 飲み物を飲んでいたラスティールが思わず吹き出す。隣に座っていた村比斗が言う。



「お、おい、汚いな!! 何やってるんだよ!!」


「い、いや、だって、お前、その名前は……」



 あからさまに困惑した顔をするラスティールに村比斗が言う。


「お前な、確かに田舎の料理かも知れんが、それを馬鹿にするのはどうかと思うぞ」


「い、いや、何も私は馬鹿になどしておらん!! そ、その、名前がだな……」



「美味しいよ、ティンティン!!」


「ぶーーっ!」



「だから汚いからやめろって!!」


 再び吐き出したラスティールに村比斗が言う。そんなふたりのやり取りをまったく気にしないミーアが食べる準備を始める。

 ミーアは包まれた紙を外し、中から油にまみれになったまるでソーセージのような食べ物を取り出す。



「へえ、美味そうだな」


 村比斗が興味深そうに言う。ミーアが答える。



「そうだよ! 保存性を上げるために特別な油が塗ってあるの。うわ~、べとべとだあ!!」


 ミーアがその細く白い手で、油まみれになったソーセージのような食べ物を握る。ラスティールが顔を赤くしてい言う。



「な、なんか、いいのか。本当にそれで……」


 意味の分からないミーアが答える。


「大丈夫だよ、とっても美味しいんだから。ティンティン!!」


「うっ」


 ラスティールは無理やり笑顔を作り応える。

 ミーアは手慣れた手つきで木の枝をティンティンに刺すと、そのまま地面に刺し焚火で炙り始めた。ミーアが言う。



「これはね、羊腸の中に豚イノシシとかのミンチを入れて作った物なんだよ。特別な調味料や油で保存性を高めているんだ!!」


 村比斗が言う。


「へえ、まるでソーセージみたいだな」


「そーせーじ?」



「ああ、そうだ。俺の世界の食べ物」


「異世界料理ね!」


 村比斗が苦笑して応える。




「さあ、もういいよ!」


 そう言ってミーアは香ばしい香りを出すティンティンを地面から取り、ラスティールに渡す。



「あ、ありがとう……」


 ラスティールはその油まみれの赤黒くなったティンティンを見つめる。



(い、いや、見たことはないんだが、ないんだが、なんと言うか、その、……は?)


 ラスティールがミーアを見ると、大きなティンティンを咥えて幸せそうな顔をしている。



「ひや~、ひしゃしぶりの、てぃんてぃん。おいしい~」


 恍惚の表情を浮かべるミーア。同じく食べながら村比斗が言う。



「俺のティンティン、ちょっと右に曲がっているけど、味は絶品だな。こりゃいい!!」


 そう言って両手に持ったティンティンを頬張る村比斗。



「き、貴様、何てことを!! レディがいる前で!!!!」


 不思議な顔をしてラスティールを見つめるふたり。そして彼女がまだ食べていなことに気付いて言う。



「何言ってんだお前? それより早く食べろよ、遠慮してんか? 毒なんて入ってないぞ」


 ラスティールが顔を赤くして言う。


「い、いや、そんなことは思っていない。わ、私はだな……」



 村比斗が言う。


「お前食いしん坊だろ? ん? ああ、そうか。もしかしてお前、俺が持っているこのティンティンが欲しいのか?」


「は、はああ!?」



 村比斗は片手に持ったやや太めのティンティンをラスティールに差し出して言う。


「まあ、仕方ないな。俺も男だ。お前が欲しいって言うならくれてやる。ほら言ってみろ。『村比斗さんの太いティンティンが欲しい』って」



「き、き、貴様あああ!!!! なんて、なんて破廉恥なことを!! し、死罪だ、死罪っ!!!」


 怒りと恥ずかしさで赤面したラスティールが立ち上がる。ミーアが慌てて言う。



「もうやめてよ、村比斗君! ラスティちゃんも大きいのが欲しいなら、これあげるよ!」


 そう言ってミーアは地面に突き刺さった一回り大きなティンティンを取って手渡そうとする。ラスティールが言う。



「わ、私は別に、そんな大きいのが好きとか、そんなんじゃ……」


「素直になれよ、ラスティール」



 村比斗が言う。


「貴様、また!!」


「お前が大きいのが欲しいのを俺は別に軽蔑などしない。当然の摂理だ。遠慮することはない。さあ、俺の前で口を開けて頬張れ、ティンティン」



 ガン!!!


「痛ってええ!!!」


 ラスティールは転がっていた石で村比斗を殴りつける。そして顔を真っ赤にして言った。



「わ、私はホワイト家の誇り高き淑女ラスティール!! 断じて男の前でそのような……、うぐっ!?」


 立ち上がって叫ぶラスティールの口にミーアがティンティンを無理やり押し込む。



「は~い、ラスティちゃんももう黙って食べる。美味しいでしょ?」


「うぐっ、ぐぐっ、ぐっ……、もぐもぐ……、お、美味しい……」


 ラスティールの顔が恍惚の表情へと変わる。ミーアが言う。



「でしょ? だから本当に美味しんだから。ティンティンって!!」


 無心でティンティンを食べるラスティールが答える。



「……ああ、美味い。こんなに美味しいとは思わなかった」


 村比斗が言う。



「お前がティンティン好きってのは知ってたよ。小さいティンティンじゃ物足りないんだろ? 全く素直じゃないな。ほれ、仕方ないから俺の太いティンティンをやるよ。遠慮するな、ほれ」


 そう言って手にしているティンティンを差し出すが、それよりも先にラスティールは先よりも大きな岩を持ち上げ村比斗を睨む。



「き、貴様ああ!!! やっぱり許さんっ!!!!」


「な、何でだよおお!!!」


 ラスティールは逃げる村比斗を大きな岩を持って追いかけた。

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