5.快感んん……
「あはははははっ!!!」
「ぷっ、クスクス……」
「なに笑ってんだよ! 俺、本当に村人だって!!」
ラスティールが答える。
「分かった、分かった。お前は村人じゃなくて、村比斗だろ? 初めて聞いたよ、そんな冗談」
「お、おい!」
ミーアも言う。
「もういいよ、村比斗君。村比斗君は記憶を失っていてそう思いたい気持ちは分かるけど、無理なんだよ~、それは~」
村比斗が怒って言う。
「いや、だから俺、記憶なんて失ってないし、本当に村人なんだよ。くそ、どうすれば分かってくれるんだ!?」
ラスティールが真面目な顔で言う。
「村比斗、もうその辺でよせ。『村人渇望』は我々の願い。確かにお前は弱くて、軟弱で、チンケで、底辺のような顔をしたヘタレ野郎だが、だからと言ってお前が村人であることにはならぬ」
(こ、こいつ……、真面目な顔、その美形の顔でよくもまあ、そうずけずけと……)
「ラスティちゃん!」
それを聞いたミーアが声を上げる。
(お、ミーアが怒ってくれるのか!?)
「いくら本当のことだからって、そんなにはっきり言っちゃ村比斗君が可哀そうだよ!!」
(……おい)
村比斗が冷たい視線をミーアに送る。ラスティールが言う。
「そうだな。雑魚を雑魚呼ばわりしても何も出ん。私が悪かった、謝罪する。村比斗」
(俺は一体何について謝られているのだろうか……)
雑魚で底辺であることは認めなきゃいけないと思いつつも、やるせない気持ちが村比斗を包む。
「それより、どうやったら本当に信じて貰えるかな。あ、そうだこのステータス画面を見せれば、……えっ!?」
村比斗がステータス画面を開こうと指を上げた時、森の奥の方から身の毛もよだつような恐ろしい気配を感じた。村比斗の異変に気付いたラスティールが言う。
「どうした、村比斗?」
村比斗が真っ暗な森の奥を指差して言う。
「いる、何かいる。多分……、魔物……」
それを聞いたふたりが苦笑する。
「またか。村人とか魔物とか。さっきも言ったがそれらはもうこの世界にはいない存在なんだ。いい加減、思い出せ」
しかしそう言ったラスティールが森の暗闇を見て固まっているミーアに気付く。
「どうした、ミーア……、なっ!?」
ミーアと村比斗が見つめる暗闇の森。
そこから発せられる強力な邪気。そして現れる大木のような大きな影。ラスティールは立ち上がり、細身の双剣を抜いて構える。
「や、野獣か? いや、違う……、殺気は物凄いが、こんな邪気……、感じたことが無い」
「グルルルルッ……」
そしてその巨大な影は、焚火の橙色の光を受けて闇夜に浮かぶように現れた。
「嘘だろ……」
その余りの異形さに声を失うラスティール。
大木のような大きな影は、近付くにつれまるで巨大なクマの様に荒々しい姿へと変化した。全身に生えるトゲのような黒い体毛。真っ赤な目、大きく突き出した牙。巨大な手からは悍ましいほどの鋭い爪が月明かりを浴びて光っている。
ミーアも感じたことがない異常な邪気に、立ち上がって真剣な顔となる。唯一、村比斗だけが恐怖で動けなくなっていた。
「な、何なんだ、こいつは……」
ようやく声を発したラスティール。村比斗が震える声で言う。
「ま、魔物だろ、こんなの……」
ミーアが首を振って答える。
「魔物は勇者によって滅んだはずよ。違うと思うの、違うはずなの……」
突如現れた異形を前にミーアも混乱している。ラスティールが言う。
「どちらにしろ明らかに我々に敵意を向けている。行くぞ、ミーア!!!」
「はいっ!!」
ラスティールとミーアが戦闘態勢になる。しかしそんなふたりを無視するように、その魔物は素早く村比斗へと突進する。
「グガアアアアア!!!!」
「ひいっ!!!!」
ガンッ!!!!
素早く村比斗の前に立ったラスティールが、その双剣で魔物の一撃を防いだ。恐怖で腰が抜け動けなく村比斗を背に、ラスティールがミーアに言う。
「ミーア、このバカを向こうへ連れて行け!!」
「うん、分かったよ!!」
ガタガタ震える村比斗へ肩を貸し、ミーアが素早く距離をとる。
(村比斗を、狙っているというのか……)
ラスティールは魔物に対峙しながら、その狙いが自分ではなく村比斗の身に向けられていることに気付いた。
(なぜ? いや、そんなことよりも今はこいつ倒す!! この魔物を!!!)
ラスティールは双剣を振り上げて魔物へと斬りかかる。
「はあっ!!」
ガンガン!!
それを黒光する爪で受け止める魔物。そしてそのまま力任せに華奢なラスティールを剣ごと吹き飛ばす。
ドン!!
「きゃあ!!」
「ラスティール!!」
村比斗が叫ぶ。ラスティールは両手の剣を杖のようにして着地すると、そのまま叫びながら突撃した。
「案ずるな、村比斗!! 私は嬉しいんだ、
「ラスティール……」
村比斗が楽しそうに魔物に向かうラスティールを見て思った。
(これが勇者、なんだ……)
倒すべき魔物、そして本人は気付いていないが守るべき村人がいて初めてその本懐を得る勇者。ラスティールは初めて経験するこの戦いの高揚感にゾクゾクしていた。
「アイスフィールド!!」
その時村比斗の横にいたミーアが氷結魔法を唱える。
バリバリッ!!
熊のような魔物の足元が凍る。
「行っけええええ、ラスティちゃーーん!!」
「感謝する、ミーア!! はあああああっ!!!」
一瞬動きを止められた魔物。その隙を狙って空中に舞い上がったラスティールの双剣が魔物を斬り裂く。
ドン!!
「ギャガアアアアアア!!!」
魔物は大量の血を噴き上げながら倒れると、煙のようになって消えた。
「やったああ!!」
村比斗の横で飛び上がって喜ぶミーア。
村比斗も助かったと言う安堵の気持ちから、全身の力が抜ける。
(あれは間違いなく、魔物。初めて遭ったが、なぜ魔物が……?)
ラスティールは不可解な出来事を考えつつ、座り込んでいる村比斗の元へ行く。
「大丈夫か?」
ラスティールの言葉に村比斗が答える。
「ああ、ありがとう。本当に助かったよ」
「いや、いいんだ。べ、べ……、え?」
その時ラスティールの頭の中で機械音が鳴り始める。そして響く女性の声。
『貢献ポイントを獲得しました』
『貢献ポイントを獲得しました』
『貢献ポイントを獲得しました』
『貢献ポイントを獲得しました』
『レベルアップします』
『レベルアップします』
『レベルアップします』
『レベルアップします』
初めて聞く甲高い機械音に声。それはラスティールの頭の中でずっと鳴り響いている。
(こ、貢献ポイントだと!? レ、レベルアップするだと……?)
ラスティールは村比斗を見つめる。
(こんな事ができるのは、ま、まさか本当に……、うっ!?)
村比斗を見つめていたラスティールの体が少し光り、そして急に声を上げる。
「ううっ、う、ああ~ん!!」
声を出したラスティールが思わず自分の口を塞ぐ。そして思う。
(な、何だ? 何だ何だ何だ!? この体が壊れしまいそうな程の、か、快感は!?)
それはラスティールの股から脳までを、快楽と言う名の電撃がめちゃくちゃになって突き抜ける。それは騎士として厳しい訓練を積んだ彼女でも声を上げてしまほど強烈なもの。そしてその快感は細かな刺激となって手足の隅々まで行き渡る。
「んん、んんあ、ああん……」
あまりの気持ちの良さにラスティールは股を手で押さえたまま倒れ込む。
「ラ、ラスティちゃん……?」
心配したミーアが声を掛ける。しかしラスティールにはそんな声は届くはずもなく、すぐに顔を紅潮させて声を出す。
「う、ううっ、あっ、あああ~~ん!!」
我慢の限界を超えたラスティールの色っぽい喘ぎ声が辺りに響く。
村比斗とミーアはその不思議な光景をただただ口を開けて見つめた。
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