第31話 お昼休み疾風伝

 ものすごく楽しかったのだが、それはそれとしてなんだか損した気分になった。


 だって一時間が体感十分だ。


 イベントは十八時終了だがこれは完全撤収の時間で、遅くても十七時には着替え始めないといけない。


 もうすぐ十二時になるので残り五時間だ。


「体感十分じゃ残り五十分しかないよ!? 急いで次の場所で撮らないと!?」


 その計算はなんだか間違っているような気がするのだが、その気持ちは夜一も分かる気がした。


 真昼とのコスプレ撮影会は最高に楽しかった。


 お互いにほとんど口を利いていないのに、なんだか心の奥底から通じ合っているような一体感があった。


 もっと撮りたい。幾らでも撮りたい。


 今度は別のポーズで別の真昼を写真に収めたい。


 もう、一秒だって惜しい気持ちだ。


 だからこそ、夜一ははやる気持ちに待ったをかけた。


「いや、昼時だし、ここらで休憩にしようぜ」


 炎天下の中一時間もポージングをしていたのだ。


 ハイテンションで気づいていないが、真昼は絶対に疲れている。


「あたしは大丈夫だよ!」

「俺が良くないの。張り切りすぎて疲れちゃったし、なんか食おうぜ」

「あっ。ごめん……。浮かれちゃって、あたし自分の事しか考えてなかった……」

「気にすんなって。撮りたいのは俺も同じだから。それより食える場所教えてよ。真昼はここ詳しいんだろ?」


 良い感じに溶けたキンキンのスポドリを二人で分け合い、真昼の案内でフードコートに入った。


 冷房の効いた店内が心地よい。


 真昼に席を取って貰うと、夜一は二人分の水を汲んで戻ってきた。


「なんか普通のお客さんとレイヤーが一緒にお昼食べてると変な感じだな」

「ね! なんかヘンテコな感じで面白いよね!」


 夏休みの遊園地だ。


 お客さんは子連れも多い。


 子供達はレイヤーに興味津々で、中には本物だと思って記念撮影をせがむ子もいる。


 レイヤーさんはちょっと恥ずかしそうにしつつも、子供の夢を壊したら悪いと思ったのか、親御さんの向けるカメラに向けてビシッとポーズを取っている。


 なんとも微笑ましい光景だ。


「なに食べる?」

「牛丼にしよっかな」

「美味いのか?」

「普通だけど。カレーとかパスタだと衣装に跳ねそうだし」


 なるほど、レイヤーらしい意見である。


「じゃあ俺も牛丼にすっかな」

「お水持ってきて貰ったし、あたし注文してくるよ!」

「いいから座ってろっての」

「でも……」

「食い終わったらまた撮影だ。ビシバシ撮るから、休めるのは今の内だぜ?」

「はーい」


 嬉しそうに拗ねると、注文を取りに行く夜一に向けて、真昼は口パクで「好き!」と伝えてきた。


 夜一も口パクで「大好き!」と伝えた。


 戻って来るついでにもう一杯水を入れる。


 なんだかんだ喉が渇いていたらしい。


 師匠の言っていた通り、体調管理には気をつけないと。


 真昼にはああいったが、一時間おきに休憩しようと夜一は決めた。


 料理の待ち時間は真昼と一緒に先ほど撮った画像を確認した。


「え~! 夜一君、本当に初めて!? めっちゃ綺麗に撮れてるじゃん!?」

「全然だろ。真昼が相手ならこれくらい当然だ。つまり、被写体のおかげだな」

「ほ、褒めすぎだから!?」

「いやマジで。本当だって」


 真っ赤になって真昼は照れるがお世辞でもなんでもない。


 真昼は元々美少女だ。


 それが美少女キャラのコスプレをしたら可愛いのは当たり前だ。


 大目に見たって、夜一の写真は精々普通に撮れているという程度だ。


 真昼の纏った空気感の十分の一も表現できていない。


 真昼を待っている間に佐藤に見せてもらった写真は本当に良く撮れていた。


 二次元と三次元の狭間にある奇跡のような写真ばかりだった。


 神秘的なまでの美しさ、今にも動き出しそうな躍動感、異世界に行って撮ってきたような空気感が写真を通して伝わってくる。


 夜一も自分の手でそんな真昼の写真を撮りたいものだ。


「おい真昼! あれ! やばくないか!?」


 失礼になってはいけない。


 不躾にならないように、夜一は声を押さえて言った。


「ああいうの良いよね~。やっぱあのキャラならラーメン食べないと!」


 視線の先では某有名忍者漫画のコスをした四人組が仲良くラーメンをすすっている。


 ラーメンが大好物な主人公と同じチームの二人に先生キャラだ。


 原作再現のような光景に、夜一のオタク心がくすぐられる。


 そんな所で番号を呼ばれて牛丼を取りに行く。


「「いただきます」」


 やっぱりお腹が空いていたのだろう。


 二人ともあっと言う間に平らげてしまった。


「全然たんね~」

「あたしも!」

「もう一杯食うか?」

「う~。やめとく。食べ過ぎるとお腹出ちゃうし。ポーズ取るのも苦しくなっちゃうから」

「はぁ~。コスプレってのは色々大変なんだな」

「そーだよ! 特に夏場は超大変。今日は被ってないけど、ウィッグしたら超暑いし。汗でメイクもドロドロなっちゃうし。顔もテカテカになって写真映り悪くなっちゃうし! やっぱりベストは春か秋かな?」

「なるほど。でも、暑い中ヒーヒー言いながら撮るのも良くないか? なんか青春してるって感じで」

「そこなんだよね! なんか謎に盛り上がっちゃうっていうか、大変なのが逆に燃えるみたいな? 夏コミとか大変だけど超楽しいし」

「えぇ!? 真昼、夏コミでコスしてんのか!?」


 しまったと言う顔で真昼が口を塞いだ。


「し、してないよ。そんな、滅相もない」


 ブルブルと首を振って否定されても騙されない。


「嘘つくなよ! マジかよ! すげぇじゃん! まとめサイトとかで見た事あるぜ!」

「お、お金払えば誰でも出来るし、全然凄くないから!?」

「でも毎年すごいコスプレが集まってるだろ?」

「そりゃ、オタクの祭典だし……。レイヤー的にも晴れ舞台的な所あるけど」

「やっぱすごいじゃん! なぁ、今年も行くなら俺も付いてっていいか? 俺、前から一度コミケ行ってみたかったんだよな!」


 可愛いレイヤーの彼女とコミケに行けたら最高の夏休みになるに違いない。


 でも、真昼は浮かない顔だ。


「えーと……」

「嫌ならいいんだ」


 でも、ちょっと悲しい。


「い、嫌じゃないよ!? そんなわけないじゃん!? あたしだって彼氏とコミケとか最高だと思うし! でも……」

「なんだよ。遠慮すんなって」

「うぅ……。コミケは毎年友達とコスしてるし……」

「俺が一緒だとマズいか?」

「マズくはないと思うけど……」


 マズそうな顔である。


「あと、コミケのコスプレって特殊だから。超混んでるし、コスプレしてない人はコスプレエリアに長居出来ないと思う……」

「マジか……」


 そういうルールなら仕方ない。


 でも真昼とコミケに行ってみたかった……。


 がっかりしていると、真昼がハッとして顔をあげた。


「そうだ! 夜一君もコスプレすれば大丈夫だよ! それならみんなで併せ出来るし! 万事解決!」

「え~」

「夜一君はコスプレするの興味ない?」


 ものすごく訴えるような顔で聞いてくる。


「なくはないけど。恐れ多いていうか。衣装持ってないし」

「それは大丈夫! 夜一君の着たい衣装なんでも作ってあげるから! 材料費は貰えると助かるけど……」

「いや、もしそうなったら金は当然払うけど」

「じゃあ!」

「悪いって! そんなの利用してるみたいだろ?」

「あたしが夜一君と一緒にコスプレしたいの! ていうか、それを言ったら夜一君にカメコさせてるあたしだって利用しているみたいじゃん!」

「いや逆だろ。俺なんか素人だし、カメコ名乗れる程上手くないし。むしろ俺が真昼を利用してコスプレ撮ってる感じだろ」

「もう、どっちでもいいよ! ねぇねぇしようよコスプレ! 絶対楽しいよ? 夜一君格好いいし! 男の子のレイヤーはレアだからモテモテだよ!」

「こんな可愛い彼女がいるのにモテたって仕方ないだろ? むしろ迷惑だっての!」

「夜一きゅん……」


 ぽわ~んと夢見る顔で真昼が言う。


「でも、それはそれとしてコスプレしようよ! お願いお願い! 一回だけ!」

「いや、別にやりたくないわけじゃないっていうか……。真昼が良いなら俺は全然良いんだけど……」


 興味はあるが着たいかと言われるとよくわからない。


 レイヤーさんには憧れるが、アイドルとか芸能人に対する感情のように、自分がなりたいわけではない気がする。


 でも、嫌かと言われれば絶対にそんな事はないし、真昼と一緒にコスをしたら楽しいだろうとは思う。


 多分今はそれ以上にカメラに興味が湧いていて、撮る側の気持ちにしかなれないのだろう。


「本当!? 絶対だよ! 約束! コミケまであと三週間かぁ~。夜一君なんのコスしたい? 武器と鎧以外だったら大体作れるんだけど……」


 そう言われて、夜一はなぜ自分がコスプレに前向きになれないのかを理解した。


 特にやりたいコスがないのである。

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