第30話 矢の如し

 よみさかランドには何度もイベントで来た事があるというので、撮影スポットの案内は真昼に任せる事にした。


 ランドの端の方には大きな温室があり、周囲が森になっていたり、お寺っぽい建物や門があるという。


 一般客はあまり来ないし、和風コスは勿論、レイヤーには人気の撮影エリアになっているという。


 折角朝一で来たので、混む前に人気エリアで撮る事にした。


「大丈夫か? 暑くないか?」


 日傘を差し、左手に持った携帯ファンを真昼の顔に向けながら尋ねる。


 コスプレこそしないが、夜一も手ぶらで来たわけではない。


 少しでも真昼の負担を減らそうと色々準備してきた。


 携帯ファンもその一つである。


「そりゃ、夏だから暑いけど……」

「マジか! おでこに冷えぴったん貼るか? あぁ、それより飲み物の方がいいな。スポドリを凍らせてきたんだ!」

「いや、大丈夫だから!? 夏だから暑いのは仕方ないし!? 夜一君のおかげでそこまでじゃないから!?」

「本当か? 顏真っ赤だけど。日射病じゃないよな?」

「恥ずかしくて照れてるだけだからぁ!?」


 確かに、先程からやたらと視線を感じている。


 レイヤーやカメコは勿論、一般客も生暖かい目で二人を見ていた。


 真昼は美少女だし、カップルのレイヤーは珍しい。


 派手な格好の夜一は単体でも目立つ。


 そんな二人がいちゃいちゃしながら歩いていたら物凄く目立つ。


 それは夜一も分かっていたが。


「気にすんなよ。そんな事より真昼の体調の方が大事だ」

「き、気持ちは嬉しいけど……。いや、本当、お姫様みたいで嬉しいんだけども……」


 胸元で指をもじもじ、真昼は幸せ半分の困り顔という感じだ。


 そうして温室のある森のようなエリアにやってくると、既に何組かのレイヤーが写真を撮っていた。


 侍、忍者、ファンタジー系のコスなどが目立つ。


 多いのは女の子の二人連れだ。


 二人でワイワイ楽しそうにしながら、お互いに撮り合ったり、三脚を立ててタイマーやリモコンで撮ったりしている。


 木にもたれかかかって壁ドンみたいな感じで撮ったりと、恋人みたいな距離の女子もいて夜一はちょっとドキドキした。


 そちらはスルーして、二人は奥のお寺っぽい建物のあるエリアにやってきた。


「そ、それじゃ、撮ろっか?」


 もじもじしながら真昼が言う。


「どんな感じがいい?」

「お、お任せで……」

「沖田さんと言えばやっぱ刀だし、格好いい写真を撮りたいよな!」


 そのゲームは夜一も遊んでいて、幸いキャラも持っていた。


 だからなんとなくポーズのイメージはつく。


「こ、こんな感じ?」

「う~ん。ちょっと違うな。もっとこう、ズバッ! って感じで」

「こ、こうかな?」

「そうなんだけど……うーん。やっぱ止まってると勢いが出ないな」


 どうにか実際に戦っているみたいな躍動感のある画を撮りたいのだが、思うようにいかない。


 そもそもマニュアルで撮っているので、ピントが外れていたり、明るさの調整に失敗した写真も多かった。


 真夏の屋外だから当然暑い。


 撮影も地味なようで結構疲れる。


 夜一は段々カッカしてきた。


「くそ! なんで上手く撮れないんだ?」

「ご、ごめんね夜一君……。あたしのポージングが下手だから……」


 しょんぼりする真昼を見て、夜一はハッとした。


 難しい事を考えないでコスイべを楽しめばいい。


 被写体あってのカメラマン。


 レイヤーとカメコはお互いに尊重し合わないと。


 師匠の言葉を思い出し夜一は反省した。


 必死になるあまり、自分の事しか考えていなかった。


 今の真昼はどう見ても楽しそうじゃない。


 これじゃあ彼氏としてもカメコとしても失格だ。


「謝るのは俺の方だ。素人の癖にあーだこーだ言ってウザかったよな」

「そ、そんな事、ないけど……」

「誤魔化さなくていいって。普通に考えて真昼の方が慣れてるんだから、俺が煩く言う方が間違ってたんだ。今度は真昼に任せるから、上手い撮り方を教えてくれないか?」


 その言葉に、真昼はホッとした様子だ。


「そ、それじゃあ。動きのある写真って難しいから、練習のつもりで、最初は大人しい写真から始めよっか」

「おう! でも、大人しい写真ってどんな感じだ?」

「う~ん。写真集みたいな?」

「え」

「多分夜一君が想像したのはグラビア写真だと思います」

「なにが違うんだ?」

「まぁ、そんなに違わないかもしれないけど。とりあえずそれっぽいポーズ取ってみるから、好きなように撮ってみて」


 そう言うと、真昼は門の前に立ち、お祈りでも捧げるように両手で鞘に収まった刀を握り、物憂げな表情で俯いた。


「……ぉおおお! これだよこれ!」


 夜一は背筋がぞくっとした。


 真昼の部屋でミミさんの写真と撮った時と同じ興奮が押し寄せてきた。


 先程夜一が撮っていたのは沖田さんのコスをしたただの真昼だった。


 けれど、今ここにいるのは真昼の身体を借りた沖田さんだった。


 物憂げな表情には、痛々しい程の悔恨が滲んでいた。


 真昼の身体から放出される不可視のオーラが現実を侵食し、よみさかランドの仏閣エリアを幕末の京都に変えてしまったような気がする。


 それで夜一は悟った。


 撮りたい写真を撮るのではない。


 撮るべき画はもうそこにあって、カメコはただその画を引き出すだけなのだ。


 目を細めて構図をイメージしつつ、時が停止したように静止する真昼の周りをうろうろしてひたすらにシャッターを切る。


 これも違う、あれも違う、これは悪くない、でも、もっと上手く撮れるはずだ。


 もっと、もっとだ。


 真昼の可愛さはこんなもんじゃない。


 真昼を、沖田さんを、この世界を、その空気感を、余すことなく写真に収めたい。


 息をするのも忘れて、夜一は写真を撮りまくる。


 撮って撮って撮りまくる。


 ただ一つのポーズを撮りまくる。


 望み通りの写真なんか全然撮れない。


 でも楽しい。


 最高に楽しい。


 闇の中で音を頼りに的を撃つようだ。


 少しずと近づいている感覚が気持ち良い。


 ダメな写真にも良い所があって、良い写真にもダメな所があって、同じ真昼なのに、全部違う真昼に見える。


「あの~、すみません」

「うぉ!?」


 びっくりして振り向くと、刀剣擬人化ゲームの男装コスをした三人組の女の子が背後に立っていた。


「私達もここで撮っていいですか?」

「も、もちろん! 全然、お構いなく!?」


 知らないレイヤー女子に話しかけられ、夜一はどぎまぎしてしまった。


 刀剣キャラの男装コスをする女の子は、宝塚の男役みたいにイケメンだ。


「ごめんなさい!? 長々占領しちゃって、迷惑でしたよね!? あたし達はもう行くので!?」


 石化したみたいに微動だにしなかった真昼が慌ててこちらに駆けてきた。


「いいよね、夜一君!?」

「もちろん。撮影場所なんか他にいくらでもあるしな」


 本音を言えば撮り足りないが、師匠からも撮影スポットは譲り合いだと教わっている。


 満足できる写真は撮れなかったが、この辺が潮時だろう。


 そういうわけで、二人で門の前を後にする。


「「「ありがと~ございま~す~」」」

「「こちらこそ~」」


 イケメンの男装女子とそんなやり取りをするのはなんだか変な感じがした。


「ごめんね夜一君。夜一君が真剣に撮ってくれるから、あたしもなんか夢中になっちゃった」

「いや、超よかったよ。マジ、本物って感じがしたぜ。すげぇな真昼は」

「ぜ、全然……。そんな、痛いだけっていうか……」

「そんな事ないって! 演技の才能があるんじゃないか? それかモデルとか」

「ないない!? あたしなんかただの素人だから!? そ、それより、次はどこ行く? この先にお寺っぽい建物があるんだけど」

「お、いいな!」


 お互いにイイ感じに温まってきた。


 この調子でバリバリ撮りたい所だ。


 でも、その前に夜一は携帯で時間を確認した。


 十分ぐらいしか経ってないと思うのだが、コスプレ撮影は時間が早く過ぎる。


 もしかしたら、三十分くらい経っているかもしれない。


「うぉ!? マジかよ!?」


 携帯を見て夜一は驚愕した。


「ど、どうしたの?」

「なんてこった! もう一時間経っちまった!」

「え~!? 嘘でしょ!?」


 こんなんじゃ、あっと言う間にイベントが終わってしまう。

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