第29話 レイヤーの事情
実の所、真昼はそこまで沖田さんを好きなわけではなかった。
嫌いではないが、超好き! という程でもない。
衣装だってレイヤー的にはシンプル過ぎてちょっと物足りない。
そのゲームでの真昼の一番の推しは復讐者となったジャンヌダルクで、こちらはいつか絶対にコスしたいと思っている。
けれど今の真昼のスキルでは黒ジャンヌの衣装である甲冑を作る事が出来ないので棚上げしている。
じゃあなんで沖田さんを作ったのかと言うと、以前友達にこのゲームの大型併せに誘われて、空いている枠で自分でも出来そうなキャラを選んだだけだ。
結構後ろ向きな理由である。
でも、レイヤー界では稀によくある話である。
好きなキャラのコスをするのも楽しいけれど、みんなで集まってわいわいコスプレをするという行為そのものも同じくらい楽しい。
大型併せでキャラが勢ぞろいするのは圧巻だし、憧れのレイヤーさんとお近づきになりたいという下心もあったりなかったり。
夏場に気軽にコス出来る人気作品の衣装を一着くらい持っていても損はないかなくらいの気持ちで用意したお手軽衣装である。
大型や複数併せで着る分にはいいが、一人で着ているとちょっと恥ずかしい感じがしてしまう。
レイヤーのサガなのだろう。
他人に対してはそんな事は思わないが、自分で着る時は衣装のボリュームとかクオリティーを気にしてしまう。
だってこれ、ただの袖のないミニ丈浴衣だ。
武器だって既製品を塗り直しただけ。
露出度も地味に高くて、これじゃあ中途半端な
モテたくて頑張って可愛くなった自分がそんなエッチな衣装でカメコの彼氏を連れまわしていたら、なんだか如何わしい感じになってしまう気がする。
大体、大好きな彼ピ同伴の夢にまで見たコスプレデートなのだ。
本当はバチバチに気合を入れて、モンスレライズの竜人姉妹の姉のコスをしたかった。
夜一だってモンスレの衣装を持っていると聞いた時はテンション爆上げで大興奮してくれた。
でも、遊園地のイベントに行くと言ったらその衣装じゃダメだと言われた。
『真夏に外で長時間撮影するんだろ? 普通の恰好でも大変なのにそんな厚着してたら倒れちまうよ!』
はぁ、なんて優しい彼ピだろう。
本当しゅきぃ……。
確かに夜一の言う通り、このクソ暑い中野外で気合の入ったゴテゴテ衣装なんか着たら余裕で死ねる。
でも、レイヤーにとってはまぁまぁよくある事である。
撮りたいシチュエーションの為なら真夏でも着ぐるみを着て、真冬でも水着になるのがコスプレイヤーという生き物なのである。
真昼はまだそこまでの高みには至れていないが、片足くらいは突っ込んでいる。
夜一に一番のお気に入りのコスを撮って貰いたい気持ちもあるし、クソ暑いくらい気合で我慢できる!
でも、絶対ダメだと言われてしまった。
『俺のわがままで真昼を連れ出して倒れさせでもしたら真昼にも親御さんにも申し訳ないだろ?』
はぁ、なんて優しい彼ピだろう。
本当にry。
それで色々相談したのだが、思っていた以上に夜一は心配性だった。
あれもだめ、これもだめ、出来るだけ涼しい恰好で、熱中症になるかもしれないからウィッグも付けない方がいい。でも薄着すぎる格好はよくないよな。
真昼はエロコスレイヤーではないが、キャラ愛でエッチな衣装の一つや二つは持っている。
でも、そういうのをイベントで着て撮って貰ってると知られたちょっと変態だと思われるかもしれないので内緒にした。
ウィッグ問題についてはちょっと揉めた。
余程似ている髪型か、コスプレ用に地毛を合わせでもしていない限り地毛でコスプレをするなんて事はしない。
そんなルールはないのだが、なんとなく地毛でコスというのは恥ずかしい感じがする。
いや、他人に対してはそんな煩い事は思わないのだが、自分でする時はそう感じてしまうのだ。
そんな始めたての初心者じゃあるまし! と。
大体沖田さんの髪の毛は白桃感のあるファンタジーな金髪で、イケてるギャルに擬態した真昼の明るい金髪とは結構違う。
髪型だってセミロングなだけでよく見なくとも全然違う。
地毛じゃトレードマークのアホ毛だって再現できない。
これでは着ただけコスと言われても仕方ない低クオリティーになってしまう。
そんなに顔の広くない真昼だが、そうは言っても狭い界隈である。
話した事はないけれど、なんとなく昔からよく見る顔というのは多い。
そういう人達にやっつけコスを見られるのは恥ずかしい。
そこの所を出来るだけやんわり伝えたのだが。
『……でも俺、心配だよ……』
ワイルドでカッコイイ彼ピに捨て犬みたいなテンションで言われては逆らえない。
そういうわけで恥を忍んでこの格好を選んだのである。
「やべーよ! 可愛すぎだろ! 超可愛い! そんで格好いい! マジ来てよかった~! ちょっと刀抜いて構えてくんね? 牙突みたいな感じでさ!」
真昼の気持ちとは裏腹に夜一は大喜びの大興奮である。
更衣室のある殺風景な建物を背景に大はしゃぎでシャッターを切りまくる。
喜んでくれるのは嬉しいし、そんな夜一を見るのは可愛くて好きだ。
でも恥ずかしい。
レイヤー暦もそろそろ三年。
結構慣れてきたつもりなのに、初めてイベントに来たみたいにドキドキする。
「やだ、なにあれ~」
「あらあら、妬けちゃうわね」
着替え終わったレイヤーさんが微笑ましそうにクスクス笑いながら後ろを通り過ぎる。
真昼は恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
「よ、夜一君待って!? ここじゃ迷惑だから!? 他にもっといい場所があるから!?」
こんな小汚い建物の前で写真を撮っていたら、完全にお上りさんだと思われてしまう。
彼氏とコスプレデートが出来たら最高だと思っていた。
実際最高ではあるのだが、同じくらいはちゃめちゃに恥ずかしい。
「わりぃ。真昼……じゃなくて雪兎が可愛すぎて興奮しちまった。更衣室の前で写真撮ったら良くないよな」
聞き分けの良い所が夜一の良い所だ。
しまった!? と反省顔を見せると、カメラの画面で撮ったばかりの写真を確認する。
「うぐぐ。全然ピントが合ってねぇ。近すぎだし、衣装も白飛びしまくってるし。いきなり師匠みたいには撮れねぇか……」
渋い顔を浮かべると、夜一は顔をあげてニカッと笑った。
「でも、コスプレ撮るのって最高に楽しいな!」
子供みたいな笑顔に、真昼はすっかりやられてしまった。
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