第28話 ファーストショット
「夜一君お待たせ! って、佐藤さんだ!」
「あぁ、雪兎さんの彼氏君だったんだね」
登録を終えて、真昼が小走りでやってくる。
二人のやり取りを見て夜一は困惑した。
「真昼、師匠の事知ってんのか?」
「うん。イベントでよく合うし、写真撮って貰ったりして。べ、別に変な関係じゃないからね!?」
焦った顔で見られ、佐藤は無罪を主張するように軽く両手を上げた。
「分かってるって! 師匠は良い人だし、疑ったりしないっての」
「そ、そう? 佐藤さんもごめんなさい! 変な意味じゃなくて、初めての彼氏で、誤解されたくなくて……」
「僕は大丈夫だから」
佐藤も微笑ましそうに笑っている。
「ていうか、師匠ってどういう事? 夜一君、佐藤さんと知り合いなの?」
怪訝そうに真昼が聞く。
「いや、さっき知り合ったばっか。暇だから話しかけたらめちゃめちゃ良い人でさ、コスイべの事とかカメラの事色々教えてくれて、尊敬したから勝手に師匠って呼んでるだけ」
「そ、そうなんだ……」
「てか、真昼こそ雪兎とか呼ばれてなかったか?」
「うっ」
「あー……」
二人が渋い顔になる。
「えっと、俺、なんかマズい事言っちゃいました?」
「うーん。それは雪兎さん次第かな?」
佐藤の視線を受けて真昼が説明した。
「その、笑わないで聞いて欲しいんだけど……。実はあたし、コスプレする時は
「身バレしたらマズい事もあるから。この界隈では大体みんなコスプレネームを使ってるんだよ。僕も本当は佐藤じゃないしね」
苦笑いで佐藤が補足する。
「そうなんですか!?」
「そうなんすか!?」
むしろ佐藤が本名でない事の方がビックリである。
「ウケ狙いで付けたんだけど、誰も突っ込んでくれなくてね。まぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけど」
そりゃそうだ。
佐藤が偽名だなんて誰も思わない。
「てか、別にコスプレネームで笑ったりなんかしないって。俺もゲームだとハンドルネーム使ってるし」
「どんな名前?」
「
「よかったぁ……夜一君も厨二ネームだ……」
「ナイトゴーントは格好いいだろ!?」
まぁ、厨二ネームだと言われたら否定は出来ないが。
実際中学生の頃に考えた名前だし。
「わ、悪口じゃないからね! センスが似てるって意味で!?」
「クトゥルフ神話だね」
話をそらすように佐藤が言った。
「お! 流石師匠! わかってるぅ!」
「えぇ! なにそれ! あたしにも教えてよぉ!」
「後でな。それより着替えて来いよ。師匠がカメラの使い方教えてくれてさ。早く撮りたくてうずうずしてんだ!」
基本的な説明は真昼から受けていたが、佐藤は自分のカメラを使って実際に撮影しながら色々教えてくれた。
被写体深度とボケの概念や絞りとシャッター速度の関係、色温度に色調補正。
まさに師匠である。
他にもコスイべにおける基本的なルールなんかも教わった。
佐藤と知り合いになれただけでも今日来た甲斐があった気がする。
「そだね。じゃ、御着替えしてきます」
「師匠も付き合わせちゃってすんません。おかげで超勉強になりました! 本当、ありがとうございます」
改めて夜一は礼を言った。
佐藤だってコスプレを撮りたいだろうに、自分なんかの相手をしてくれて、本当に良い人である。
「気にしなくていいよ。レイヤーさんが着替え終わるまではどうせ暇だしね」
「あ、そっか」
言われてみればその通りだ。
「お邪魔じゃなければ、雪兎さんが着替え終わるまでもう少し付き合おうか?」
「いいんすか!?」
佐藤の授業はまだ途中だった。
聞きたい事は山ほどあるし、夜一の知らない事をまだまだ沢山知っているだろう。
教えてくれるというのなら、ありがたく学ばせて欲しい。
「あたしも助かります! 夜一君を一人で待たせるのは不安なので」
「おいおい、俺は子供じゃないぞ?」
「そういう意味じゃなくて!? 一人で待たせたら悪いから……」
「わかってるって、冗談だよ。師匠も相手してくれるし、急がなくていいからゆっくり着替えて来いよ」
「そういうわけにはいかないよ! 夜一君にも佐藤さんにも悪いし!」
「僕の事は気にしなくていいよ。夜一君と話すのは楽しいからね。僕も後で撮らせて貰いたいし、しっかり着替えて来たらいいんじゃないかな?」
「師匠の言う通りだって。俺は真昼のコスプレを撮るのを楽しみにしてたんだ。最高の状態を撮らせてくれよ」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……。遅かったら携帯で連絡してね!」
「わかってるって!」
「佐藤さんも、気を使わないで大丈夫ですからね!」
「撮りたくなったら勝手に行くから、お構いなく」
そういうわけで更衣室のある建物まで真昼を見送り授業の続きが始まった。
基本的なカメラの仕組みを教わると、次はデジカメの操作方法を習った。
真昼はオートにしておけば大丈夫だと言っていたが、佐藤の話ではオートにも色々あるらしい。
初心者はそこから初めても良いが、二人っきりでじっくり取れるなら練習がてらマニュアルを勧められた。
その方が撮る側も撮りごたえがあって楽しいらしい。
ピントの合わせ方に感度やシャッター速度の調整、先程習った色温度の設定方法等々。
赤点で補習を受けるような頭の夜一である。
一度で覚える自信はなかったが、佐藤の説明は分かりやすいし、復習用に佐藤が趣味でやっているウェブサイトを教えて貰った。
そこで許可を貰った画像を掲載したり、カメラ講座を載せているらしい。
程なくして着替え終わったレイヤー達がちらほらと建物から出てきた。
「うぉおおお、すげぇええ! かっけえええええ!」
知らない人をジロジロ見たら失礼になる。
分かっていても夜一は興奮を抑えられなかった。
アニメや漫画、ゲームやラノベ、知ってるキャラに知らないキャラ、色んな格好のコスプレイヤーが出て来る。
中には男性も混じっていて、ハイクオリティーな人もいた。
衣装だけでなく、持っている武器もかっこいい。
鎧や着ぐるみ、戦隊物のヒーローみたいなコスの人もいた。
俺は真昼を撮りに来たんだ! そう思っていたのに、夜一は他のレイヤーも撮りたくなってしまった。
やましい気持ちではないのだが、やましい気分になってしまう。
「師匠、これってやっぱ浮気っすかね……」
不安になって夜一は尋ねた。
彼女と来ているのに他のレイヤーを撮りたくなるなんて、イケない事のように思えてしまう。
「可愛いもの、綺麗なもの、格好いいものを見て心を動かされるのは普通の事だよ。浮気になるかどうかは雪兎さん次第だと思うけど。彼女もコスプレイヤーなら分かってくれるんじゃないかな。とりあえず、相談してみたらいいと思うけど」
「そうっすよね……」
真昼なら分かってくれると思う反面。
コスプレイヤーだって、彼氏が他の女の子の写真を撮りたがるのは嫌なんじゃないかと思う。
しばらくして着替え終わった真昼が出てくると、夜一は自分の心配が杞憂だと知った。
金髪の地毛に大きな黒いリボン、ノースリーブのくノ一みたいに丈の短い白い着物、首には黒いマフラーを巻き、大胆に露出した太ももの下には黒いニーソックス。そして腰には朱色の鞘に収まった日本刀。
某大人気ソシャゲに登場する新選組の沖田さんである。
他のレイヤーを撮りたい気持ちなんか一瞬でなくなってしまった。
「……ど、どうかな、夜一君。変じゃない?」
恥ずかしそうにもじもじする真昼を見て、夜一はカメラを構えた。
「最高だ……」
その日最初のシャッターが切られた。
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