第27話 先輩

 開園時間になると夜一はカメコの列に移動した。


 持ち物検査があるそうで、カートは真昼に返してある。


 代わりに夜一は真昼から預かった一眼レフカメラを首からぶら下げている。


 親父さんのお古らしく、コスプレの撮影に興味があると言ったら貸してくれたのだ。


 ズームレンズの付いた大きなカメラはずっしり重く、黒いボディも相まってモデルガンを持っているようなドキドキ感がある。


 銃器オタクではないがかっこいい物は大好きな夜一だ。


 普通にテンションが上がった。


 でも、カメコ達はもっとすごいカメラを持っていた。


 デカい本体、大砲みたいな白いレンズ、ごつい三脚、その他諸々のよくわからないカメラ用品。


 レイヤー並みの重装備である。


 それに比べれたら、夜一なんかハワイに来た観光客みたいなものだ。


 だからと言って劣等感を覚えたりはしなかった。


 むしろすげぇ! と興奮した。


「でけぇカメラっすね! やっぱそういうのの方が綺麗に撮れるんすか?」


 待ってる間暇なので、夜一は前に並ぶ太っちょのおじさんに声をかけた。


「え、ぁ、うーん」


 浮かれたアロハにグラサン雪駄の夜一に話しかけられ、おじさんはちょっと驚いた様子だった。


「すみません。俺、こういうの初めてで。彼女の付き添いで来たんすけど、カメラの事とか全然知らなくて。みんな格好いいカメラ持ってるからテンション上がっちゃって」

「そ、そうなんだ」


 愛想よく話しかけると、おじさんは照れたようにはにかんで首から下げたカメラを撫でた。


「そりゃ、高いカメラに良いレンズの方が綺麗に撮れるのは間違いないけど、良い写真が撮れるかはまったく別だよ」

「そうなんすか?」

「そこがカメラの面白い所さ。同じ被写体でも撮り方によって全然印象が違うんだ。相手が人間、それもコスプレイヤーなら猶更だ。折角可愛いコスプレをしてても棒立ちでムスッとしてたら可愛くないだろ?」

「そうっすねぇ」

「当たり前の事だけど、自分の姿は見えないし、いざカメラを前にすると緊張したり恥ずかしがって上手くポージング出来ない人は多いからね。そこで僕達カメコの出番だ。冗談を言って緊張を解したり、ポージングのアドバイスをしたりして、レイヤーさんの魅力を引き出して写真を撮る。コスプレの写真は奥が深いよ? 撮った後の編集も楽しいし、上手く撮れた写真を送れば喜んでもらえるしね」

「撮った写真を相手に送るんすか?」

「昔は今みたいに携帯カメラとか安いデジカメなんかなかったから。そもそもフィルムだったし、写真を撮るカメコは貴重だったんだよ。その頃の名残ってわけじゃないけど、そういう文化もあるんだ。勿論相手に許可を取ってオーケーを貰えればの話だよ」

「へ~。でも、写真を撮って送ってあげるのになんだか妙な話っすね」


 面白いと思う反面、なんだかカメコさんの立場が弱い気がする。


 悪い言い方をすれば利用されてるみたいだ。


「そんな事ないよ。カメコはレイヤーさんを撮らせて貰う。レイヤーさんはカメコに写真を撮って貰う。お互いに尊重し合ってるんだ。はた目から見ると変な趣味だと思うかもしれないけど、他の写真の趣味と同じだよ。被写体あってのカメラマンだからね」

「なるほど。勉強になるっすわ。あざっす!」


 真昼以外の写真を撮る気は全くないが、為になる話ではあった。


「それにしても、レイヤーの彼女とイベントなんて羨ましいね。カメコの夢だよ」

「いやぁ、なんか成り行きで。俺も夢みたいだってビックリっすよ」

「君はコスプレはやってないの?」

「俺は全然。興味はあったんすけど遠い世界の事だと思ってたんで。で、彼女がコスプレしてるって知って家で撮らせて貰ったんすけどなんか面白くて。そんで無理言って連れて来て貰った感じっすね」

「はぁ~。じゃあ、カメラも初心者なんだ?」

「恥ずかしながら」

「恥ずかしい事なんてないよ。狭い界隈だからね。新しい風が入って来る事は喜ばしい事さ。僕は佐藤って言うんだけど、結構イベントには顔を出してるから、なにか困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいよ」

「マジっすか。超助かるっす。俺は夜一っす。早速なんすけど、なんかアドバイスとかあります?」

「例えばどんな事?」

「それが分かんないくらい初心者で」

「なるほど。それじゃあ今日は難しい事は考えないでコスイべを楽しんだらいいんじゃないかな? 彼女さんも一緒だし、デートみたいなものなんでしょ?」

「なるほど。その通りっすね」

「あとはお互いの体調管理くらいかな? 彼女さんがどんなコスをするのか知らないけど、コスプレは体力を使うからね。勿論夜一君も。特にマンツーマンだと盛り上がってお互いに疲労に気付かない事が多いから。今は夏だし、小まめに休憩して彼女さんを休ませてあげたらいいんじゃないかな?」


 そのアドバイスに夜一は感銘を受けた。


「……マジでその通りっすね。はぁ~! 佐藤さん、超勉強になるっす! てか、師匠って呼んでいいっすか? いやぁ、話しかけてよかったぁ~!」


 夜一はすっかり浮かれて真昼の写真を撮る事で頭がいっぱいだった。


 このままのテンションで撮影に臨んだらあっちこっち連れまわして真昼を倒れさせていたかもしれない。


「師匠だなんてそんな。同じ趣味の仲間じゃないか。普通に佐藤さんでいいよ」

「いやいや、そんなわけにはいかないっすよ。大先輩だし、ここは是非師匠で!」

「まぁ、夜一君がそれでいいならいいけどね……」

「うっす。今後も頼らせて貰うっす!」


 なんて事を話している内に列が進み夜一の番が来た。


 手荷物確認をして撮影登録をして登録証を首から下げる。


 さぁ! ここからついに俺のカメコ人生が始まるのだ!


 なんて謎の熱意に燃えながら入場門をくぐる。


 そして立ち止まる。


 真昼の登録が終わるまでやる事がない。


 振り返ると、真昼の列はまだまだ先だ。


 アウェイなコスイべに一人ぼっち。


 急に夜一は心細くなった。


 と、そこに一足先に登録を終えた師匠の姿を見つける。


 ぱぁ~! と期待するような笑顔を浮かべる夜一を見て、佐藤は苦笑いで近づいてきた。


「彼女さんが来るまで、カメラの使い方を教えてあげようか?」

「是非お願いします!」


 あぁ師匠、なんて良い人なんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る