第12話 会いたい

『暇だけどダメ』


 めちゃくちゃ悩んで夜一はそう返した。


 あれはきっと、真昼からのデートのお誘いだ。


 本音を言えばデートしたい。


 毎日毎秒デートしたい。


 四六時中一緒にいて同棲したいレベルだ。


 でもダメだ。


 昨日の今日でデートして、また倒れられたら困る。


 せめて一日、いや三日くらい家で安静にして貰いたい。


 普通に真昼が心配だし、家の人だって倒れた翌日にデートじゃ気が気じゃないだろう。夜一の事だって娘を大事にしないクズ彼氏と思うかもしれない。


 真昼の母親は真昼に似て美人だった。ちゃんと紹介して貰ったのだから、特にその辺は気を使わないと。


 ……だって俺は、真昼の彼氏なんだから。


「くぅ~……」


 堪らない気持ちになって、夜一はバタバタと見悶えた。


 デート出来ないのは悲しいけれど、自分の欲望に勝って真昼を大事に出来た事が夜一は誇らしかった。


 なにかこう、男としてのレベルがガンガン上がっていく気がする。


 ところがだ。


『……やっぱり怒ってる?』


 画面に映る文字だけで、しょんぼり涙目の真昼の顏が目に浮かんだ。


 なんでそんなに気にすんだよ!?


 と思うのだが、自分が逆の立場ならこんなものかもしれない。


 大事な初デートに寝坊して、相手に起こして貰い、支度も遅くて、しまいには来た途端に具合が悪くなって、大勢が見ている前で介抱させて、来て早々マックを食って解散だ。


 ……自分が雫の立場なら、終わった、死んだ、最悪だと自己嫌悪の沼に沈んで窒息死している事だろう。


 もちろん夜一は全然気にしていないどころか、気を使えなかった自分が悪いと思っているのだが、それはそれだ。


 お互いに、相手が腹の中でなにを考えているかなんて分からないのだ。


 不安になるのは当然だろう。


『怒ってないって。心配なだけだ。具合悪くなったばっかりだし。明日くらいは安静にしてた方がいいだろ?』

『……すき』


「ぐはぁっ!?」


 不意打ちがクリティカルして夜一は悶えた。


 なんて事しやがる! 危うく萌え死ぬ所だったじゃねぇか!?


『俺も』


 バクバクする心臓を胸の上から押さえつつ、なんとかそれだけ送った。


 汗をかく程熱くなって、夜一はエアコンの温度を下げた。


『……俺もじゃやだ。ちゃんと言って欲しい』


「待て待て待て!」


 もう、ベッドの上に寝転んでなんかいられない。


 携帯を手に、そわそわしながら部屋の中を歩き回る。


 だってこんなの可愛すぎる。


 とてもじゃないがじっとしてはいられない。


『俺も好きだよ。言わせんな』

『……ごめんなさい。重かったよね』

『ただの照れ隠しだって。重い女大好きだって言っただろ?』

『……そんなに重いかなぁ?』

『そんなにじゃないけど。ちょっとな』

『……夜一君。やっぱり明日、ダメ?』


 夜一は左胸を押さえながらその場でスクワットを始めた。


 文章なのに、余裕で映像付きのフルボイスで再生される。


 会いたい会いたい会いたい会いたい!


 俺だって会いたいんだよおおおおお!?


 今すぐ窓を開けて叫びたい気分だ。


『俺だって本当はめちゃくちゃ会いたいんだよ。でも、無理させてまた具合悪くさせたら嫌だから。真昼のお母さんだって心配して、デート禁止にされるかもしれないだろ?』


 夜一は慎重に言葉を選んだ。


 ちゃんとこちらのせいだという事をアピールしておかないと、真昼が落ち込んでしまう。


『……もう元気だもん』

『念の為!』

『……会いたいの。やだ。わがまま言っちゃう。ごめんね……』

『いいよ。その気持ちは嬉しいから。俺も会いたいし』


 真昼からの返事が途絶えた。


 途端に夜一は不安になった。


 頭の固い奴だとウザがられていないだろうか。


 真昼の事だから、嫌われたんだと思って泣いているのかもしれない。


 ただの寝落ちって事も有り得る。


 離れていたら、相手の事なんかなにもわからない。


 どんな事だって有り得るし、想像してしまう。


『真昼? 大丈夫か? 泣いてないよな?』


 ちょっと気にしすぎかなと思いつつ、夜一は送った。


『泣いてないよ。もう、そんなに泣き虫じゃありません!』

『そうか?』

『そうだよ! ……多分』


 夜一は笑った。


 嘘つけ! 絶対泣き虫だって!


 ともかくホッとして、夜一は次のデートの予定について話そうと思った。


 次が決まれば、真昼もちょっとは安心してくれるだろう。


『……じゃあ、お家デートは?』


 先手を取られて、夜一の指は固まった。

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