第10話 キュゥ

 二本目のスポドリを飲み終わる頃には真昼の顔色もよくなった。


 夜一は心底ホッとした。

 そして今回の件を大いに反省した。


 女は繊細な生き物だ。

 これからはもっと気を使ってやらないと。


 それに真昼はイケてるギャルみたいな見た目の癖に、中身は結構気づかい屋らしい。

 そして泣き虫の甘えん坊だ。


 ……可愛すぎる。


 そんな場面でない事はわかっているが、夜一はトキメキボルテージが天元突破でヤバかった。


 無理をするのはよくないが、真昼はそれぐらい夜一とのデートを楽しみにしていたのだ。無理をするのはよくないが、その気持ちは嬉しい。無理をするのはよくないが、今日のデートで真昼との心の距離が一気に縮まった気がする。


 付き合ってまだ二日だ。しかも、普通のカップルと違って全くのゼロからのスタートだ。本当に付き合ってるのか、本当に好きなのか、それすらも疑わしかった。


 けれど、今回の件ではっきりした。


 少なくとも、真昼はちゃんと夜一が好きなのだ。

 そして、夜一も真昼の事をちゃんと好きになったらしい。


 そうでなければ、こんなに心配にはならないだろう。

 元気になってくれて、本当に心の底からホッとした。


 てか、勢いで手握っちゃった。真昼の手、スベスベでやわらけ~!

 てか、頭まで撫でちゃった。髪の毛サラサラで気持ちいい~!

 なんなら背中も触っちゃった。こんなんセクハラだろ!?

 極めつけの膝枕だ。冗談で言ったのにマジでやる羽目になるとは。


 なんかもう、超彼氏やってるって気がして満足感がヤバい。


 甘えん坊になった真昼に膝枕をして頭を撫でる。最高に幸せだ。もう、何時間でもこうしていたい。短パンの中で相棒が荒ぶっている事だけが心配だが、上手く位置を調整してるから大丈夫だろう。


 通行人がなんだあれ? みたいな目を向けてくるが、夜一は気にしないことにした。真昼は具合が悪いのだ。今は動かさない方がいい。夜一が気にしたら、真昼だって気になるだろう。だから知らん顔で頭を撫で続ける。


「……も、もう大丈夫だから!?」


 具合がよくなって冷静になったのか、急にボッ! っと真っ赤になって真昼が起き上がった。


 軽くなった膝が寂しい。


「急に動くなよ」


 そう言って、夜一は真昼の顔をじっと見つめた。


 そんな事をしても相手の気持ちなんかわからない。


 でも、分かりたい。

 また無理をしているかもしれない。


「本当に大丈夫か?」

「今度は本当! だからそんなにじろじろ見ないで! 恥ずかしくて、溶けちゃいそうだから……」


 顔が赤いの照れてるだけか?

 日射病になっていないか心配だ。


「嘘ついたら怒るからな」

「ごめんなさい……」

「怒ってないって。心配なだけだ。彼女だからな」

「……ありがと」

「こっちのセリフだ」


 真昼が首を傾げた。


「なんで?」

「楽しかった。こんなデートも悪くないな」

「どこが!? 夜一君、あたしの面倒見てただけでしょ?」

「まぁ、真昼は楽しくなかったかもだけど……。俺は膝枕出来たし。彼氏っぽい事出来たしさ。可愛い彼女のお世話ができていい気分だったぜ」


 口の端でニヤリと笑う。

 妹からは悪役みたいだからやめろと言われているが、癖なのでどうしようもない。


「……キュゥ」


 目力を込めると、真昼が喉の奥で呻いた。


「どうした?」

「我慢してるの。また泣いちゃいそうだから」

「なんか泣く要素あったか?」

「あったよ! もう、夜一君優しすぎ!」


 なにが? と思う。

 こっちは勝手に楽しんでいただけだ。


「そんな事ないだろ」

「あるよ!」


 ムキになって言うと、必死な顔で真昼は言った。


「あたしだって楽しかったよ! その、迷惑かけちゃってこんな事言うのはダメだけど……。具合悪いの助けてくれて、いっぱい甘やかしてくれたから。なんか、お姫様になった気分……」

「お姫様なら今頃は馬車でお城に向かってる所だ」

「もう、茶化さないでよ!」


 ペシっとヘロヘロの肩パンが飛んでくる。


「本当に元気になったみたいだな」

「本当に本当! もう、ちょっとは信用してよ!」


 きゅるるるる。

 真昼のお腹から聞こえてきた。


 真昼ははわわわわ!? と真っ赤になり、涙目になってお腹を押さえた。


 誤魔化そうとして、でもこれ以上嘘はつけない!?

 みたいな困り顔で見つめてくる。


「腹が鳴っちまった。そういや俺、起きてから何も食ってねぇや」


 そう言ってニヤリと笑う。

 なんだか少女漫画のイケメン彼氏になった気分だ。


 真昼はまた泣きそうな顔になり、ぐしぐしと目元を拭った。

 そしてニパッとヒマワリみたいな笑顔を浮かべた。


「あたしも!」

「そんじゃ、なんか食うか」


 デートの続きが始まった。

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