第9話 イケメン

「どうだ、少しはマシになったか?」

「……ぅん。なんとか」


 夜一の買って来たスポーツドリンクを、真昼はほとんど一息で飲み干してしまった。


 思い返すと、起きてからなにも口に入れていない。

 それで暑い中急いで来たから具合が悪くなったのだろう。


 つまり自分のせいだ。


 そう思うと、真昼は情けなくてまた泣けてきた。

 そんな真昼を、夜一は怖い顔で見つめている。


「……怒っちゃった?」

「いや。嘘ついてないか見極めてるんだ」


 大真面目な顔で言うのである。


「う、嘘なんかつかないって」

「嘘つけ! 最初具合悪い事隠そうとしただろ!」

「だって、折角のデートだし、わざわざ来てくれたのに、具合悪いとか言えないよ……」

「そういう所! だから嘘つかないか見極めてるんだ。もう一本飲むか?」


 ……飲みたい。


「……大丈夫」


 夜一は溜息をついて自販機に走った。

 そしてキャップを開けると真昼に渡した。


「……なんでわかったの?」

「わかるかよ。いらなかったら自分で飲むつもりだった。てかやっぱり大丈夫じゃねぇじゃんか」

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいって! 体調は仕方ないだろ? 寝不足の所を無理に誘ったのは俺なんだ。謝りたいのはこっちの方だっての!」

「……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」


 真昼は不思議だった。大事な初デートに寝坊して、準備も遅くて、具合まで悪くなって。


 こんな面倒な彼女嫌だろうに。


「どうしてって、彼女だろうが」

「でも、昨日付き合ったばっかりなんだよ? しかも、それまでお互い、名前も知らなかったし」

「でももう知ってるだろ。昨日遅くまでラインしてて、俺はすごく楽しかったんだ。恋なんかした事ないのに、真昼と付き合うってなった途端、お前のことが好きになっちまった。わけわかんねぇ! でも、最高の気分だ! 大事なんだよ」


 真白は泣けてきた。そんなに泣き虫じゃなかったはずなのに。

 なぜか夜一に優しくされると泣けてしまう。


「うぅ、うぇえええええええええん」

「な、なんで泣くんだよ!?」

「らっで、うれじいんだもん! いっしょだぢ! あだぢもそうなの! よいぢぐんのごど、ずぎになっぢゃっだぁあああああああ」

「わかったから泣くな……いや、違うか。好きなだけ泣け。落ち着くまで、いくらでもそばにいるから」


 なんだこのイケメンは! 

 そんな事言われたら余計に泣いちゃうじゃないか!


「びぇえええええええ!」

「他にして欲しい事あるか?」

「えぐ、えぐ、じゃあ、手握って……」


 真昼は物凄く寂しい気分だった。胸は弾けそうなくらい満たされているはずなのに、穴が開いたみたいに夜一が欲しい。


「お安い御用だ」


 夜一は何の迷いもなく真昼の手を握った。

 がっしりした、男の子の手だ。力強くて、握っているだけでホッと安心する。


「他には?」

「……あだまなでで」

「甘えん坊だな」


 口の端で笑いつつ、夜一はベンチの横にしゃがんで真昼の頭を撫でた。


「なんなら膝枕でもするか?」

「……ぢゃぁ、ぞれもください」

「お得なセットメニューかっての」


 茶化すように笑うと、夜一は真白の背中を軽く支えて後ろに回った。


 肩出しの服のせいで、素肌に夜一の手が触れる。


 それだけで真昼はぞぞぞっと甘い電流を背中に感じた。


 具合悪いのに、あたし、悪い子だ。

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