祈り
「——いいのですか、行かせてしまって」
「構わん。飛び出してしまった以上、あれを止める術も道理もないよ」
教会地下・ウーラニアー神殿。
葉巻の匂いが香る神聖なるその場所で、聖女テレサとリュドミラは壁に背を預けて
「うずうずしていましたからね。わたくしたちにとっては七年も前ですが、彼女にとってはつい昨日の出来事のように思い返せるのでしょう」
「七年、か。また随分と歳をとった」
「いいじゃないですか、学園長はハーフエルフなんだから。寿命長いでしょ?」
「ふん……。それより、随分と急いだな。七日で七年を歩む……そういう計画じゃなかったか?」
「なんだか胸騒ぎがして」
テレサの微苦笑に被せて紫煙が漂う。
胸騒ぎを感じているのは、リュドミラも同じだった。
七年前から拭えない、わだかまりのようなもの。それが時を刻むごとに強くなっていく。
一種虫の知らせめいたそれに耐えきれず、彼女は休む間もなく飛び出してしまったのだろう。
「ともあれ、あれは妾の最高傑作だ」
この七年間で、伝えたいことは全て伝えた。生きる術も、勝つための術も、何もかも。
「あとは祈ることしかできんぞ、ルリア」
「はい。祈りましょう。彼女たちの勝利を」
*
「ひゃぁぁぁっっはぁぁぁぁっ————!」
紫電が宙を駆ける。初速から音を超え、稲妻と化したカルラは高揚を迸らせながら
「変な声を上げないでくれる? 私まで変人だと思われるじゃない」
「ルカヌス様ぁ? だってだってだって、ようやくあーしらの出番ですよぉ?
あーしの初陣っ! アガらない方が無理っぽくない?! 」
「あなたの気持ちはわかるけれど……」
カルラの背後。彼女の首に手をまわし、おぶわれる形でしがみついているルカヌスがやれやれと首を左右に振った。
命令が下るまでの二日間。ルカヌスたち上位以上の
偉大なる御方のお役に立ちたい。けれど、まだお呼びにならない以上は何もできない。
悶々とした時間だけを抱えて、機会だけを伺いながら、ようやく今——その時が来たのだ。
与えられた命は、結界の術者を皆殺しにすること。
この忌まわしき聖域を破壊し、我らが同胞の夜を取り戻す。
その大役を仰せ使った以上、失敗はゆるされない。
だからこそ、
「もう少し、緊張感を持った方が——」
「ルカヌス様ぁ、もう抜けまっせ!」
「……。……打ち合わせ通り、あなたは左側を。私は右側の術師を殺しながら周回する」
「オーケー、あーしは左側からまわるんよーっ!」
いい終わるのと同時に、ルカヌスとカルラは外に繋がる巨大な穴を通り抜けた。
瞬間、体に満ちていく力。奪われ続けていた力が、疲労感が全て消え去り、懐かしい夜の静謐さが体身に染み渡る。
まるで湯船に浸かっているかのような心地よさ。あるいは、愛おしい御方の腕に抱かれているかのような。
けれど、それに浸っている時間はない。
「あ、
「結界の修復を急げ!」
「いや、それよりもアレの討伐を——」
狼狽える聖職者の頭上から、稲妻と紅の疾風が襲い掛かる。
「煩わしい、生者ども。頭を垂れて媚びていればいいものを」
「一掃一掃一掃ぅ♡」
身にまとう霊装の耐久力などお構いなしに、聖職者たちの体が引きちぎられるように鏖殺されていく。
そこに一切の躊躇はなく、人間としての理性も罪悪感も何もない。
ただただ、
言葉を、視線を、その手を伸ばして触れてくれるのなら。
「私は、たとえ同胞ですら手にかけることも厭わない」
紫電を撒き散らし、縦横無尽に戦場を駆け人間を葬っていく
螺旋する紅は、血を抉り生者を巻き上げ、粉微塵と切り刻んでいく。それが百メートルほど進んだところで、突如として真っ二つに裂けた。
霧散する力。ルカヌスにとって手を薙ぐのと等しい程度の力加減だが、それを容易くかき消してくれる技量を持つ人間はどれほどいるだろうか。
少なくともこの戦場において、それの存在は稀有である。
「S級……いや、これは——」
「お久しぶりです、ルカヌス様」
「ッ!?」
眼前、銀色の閃光が舞う。
落ち着き払った声音と同様に、轟いた一撃は極限にまで研ぎ澄まされていた。
宙を血に染め、ルカヌスの右腕が刎ねられる。
「流石です。その強さ、
「貴様ッ——」
「——今はあなたに構っている暇はありません」
そんな言葉を最後に、ルカヌスは地上に叩き落とされた。
特大のクレーターと共に残されたルカヌスは、キッと西の方角を
「あの声、姿……私の知っている彼女とは違う……けど」
一瞬だけしか捉えることができなかった故に、確証はないが。
「……ルリア・アールマティ。どちらにせよ、おまえの未来は」
腹立たしいことこの上ないが、ひとまずはこれをどうにかする必要がある。
「簡略式結界……あの一瞬で、あの攻防の最中でこれを仕掛けるとは、恐れ入る」
足元、ルカヌスを囲むようにして地面に突き刺さる杭。
範囲は極めて限定的だが、それでも強力な結界なのはルカヌスを封じていることからも証明できる。
「以前より格段と強くなってる。エル様も、少しは苦戦するんじゃないかしら」
ミシっと、結界に亀裂が入る。
彼女の全身から発せられた淫我が、力任せに結界を内側から破ろうと膨張している。
「どちらにせよ、無駄なこと。あのお方には誰も勝てない」
多少強くなろうと、女が化粧をして男に会いにいくようなものとなんらかわりない。
「精々、エル様を愉しませなさい。彼に愛されたいのなら」
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