百女鬼 柳來は堕ちたくない⑥
「
解き放たれた
四肢はあらぬ方向へ折り曲がれ、地面をバウンドしながら破砕していく悪魔。そこへ、さらなる追撃が襲い掛かる。
「死ぃぃっねえぇぇッ!」
「——っ」
態勢を整えるよりも速く、音速を越えたフラジールの
「はぁ、はぁ、……やりましたの?」
霊装を新たに変えたフラジールが、宙から砂塵の先を見下ろす。
手応えはあった。並の
加えて、
滅せられていなくとも、致命傷は避けられないはず。
「これが通用しなければ、終わりですわね……」
半ば祈るように呟いて。
「ご安心を……しっかり通用しましたよ。ええ、これは中々に手痛い」
砂塵が晴れ、そこから現れたのは血濡れた悪魔の姿。
蒼白だった肌は焼けるように爛れ、手足は折れ曲がり骨が見えている。藍色のドレスは見る影もなく、美しい白緑の髪は引き千切られたかのように失っている。特に目立つのは、彼女の脇腹部分。一度目の攻撃で、抉られるようにそこの部分だけが無くなっていた。
目に見えている部分ですら死傷。不死種でなければ、否、不死種であっても存在を消滅させられるほどの聖気を浴びて尚、彼女は平然と笑っていた。
「身体能力、発せられる聖気ともに以前とは比べ物になりませんね。絶剣……素晴らしい力です。他にもきっとあるのでしょうね。ふふ、困りました。欠損部分の回復が間に合いません。いえ、阻害されている?」
「この死に損ないがッ」
この期に及んで様子見などしない。相手が態勢を整えるのを待つほど、こちらは有利に立っていない。
すぐさま攻勢に転じたフラジール。白金を帯びた大槌が猛る。
「その霊装……強いていうなら、こんな能力でしょうか?」
「——ッ」
袈裟に振るわれた大槌が、大鎌によって受け止められる。
ジュリアスの背後を駆け抜けていく衝撃。微動だにせず、幽鬼めいた血色の悪さで女が、嗤う。
「特定の相手にのみ威力を上昇させる能力……とかどうでしょう? あるいは、何かしらの条件を達成している相手にのみ生じる特攻効果?」
「体に直接叩き込んでみれば、わかりますわよッ」
「そうですか。あまり鑑定眼は使いたくないのですが」
「鑑定持ち……!?」
「——あら、あなたも鑑定持ちなのですね。もしかしてこれも、運命?」
「ふざけろッ」
どれだけ力を込めてもピクリともしないジュリアスから一旦引いて、再度突進をしかける。右から薙ぐような大槌の軌道上に、大鎌が滑り込む。
「なるほど。おもしろい能力ですね。しかし、心外です。わたくしに一体、どのような罪があるのでしょう?」
真上に弾かれる大槌。弧を描く大鎌の刃が、フラジールの霊装を裂いた。
「あら、霊装の耐久力も上がりましたのね。腹を掻っ捌いたつもりだったのに」
「……っ、おまえのその存在自体が罪なのですわ。穢らわしい
死者は生き返らないという、神が作られし世界と
罪にならない方がおかしい。どうかしてる。だって、この世は神が御造りになられたモノだから。神の摂理に従えぬのなら、排除されるのは道理。
「ゆえにあたしの鉄槌が罪を暴き、その重さによって善悪を裁き、殺す。要は罪の数、重さによって威力を増す、ただそれだけのこと。不死種の、それもより高位ならば存在自体が重い罪。
——あたしの鉄槌は、魔の存在をゆるさない」
「詳しい説明ありがとうございます。ふふ、ふふふふ。
と、言いたいところですが。申し訳ございません、そろそろお時間のようです」
「!?」
人間なら確実に死ぬ量の血を撒き散らしながら、明後日の方向を向く手足を無理やり動かして、その場で一回転。
再び正面を向いたその時には、先まで負っていた傷がすべてなくなっていた。
まるで開戦当時に時が巻き戻ったかのように、ジュリアス・メアリィの体に傷ひとつ存在しない。
フラジールは、その理不尽とも言える力の一端を知っている。
「
たったの一瞬だけ、垣間見えたその出鱈目さにフラジールは戦慄する。
淫我とは、主に
性欲の強さをもって世界の法則を捻じ曲げ、あらゆる事象・現象を可能にする力。
淫我を目にしたのは、これで二度目。かつて七番隊を壊滅に追い込んだ
眼前の不死種は、女淫魔を上回る淫我を誇ると。
「それでは終わらせましょうか。しっかりと着いて来てくださいね」
「——ぶちかましますわよ、エクシアぁッ!」
不気味に笑うジュリアス・メアリィに、究極の危機感をおぼえたフラジールは先手を取る。円を描くように肉薄し、遠心力を乗せた一砕を叩き込む。
しかし、
「っ——ぁ、え」
「ふふ」
確かな手応えと同時に、フラジールは空を見上げていた。
太陽が、近い。
うっすらと展開される結界が、視認できる。
そして、その事実に困惑する。
何故なら、結界が直視できるほど、己は空高く飛んでいるから。
「我が君の邪魔にならぬよう、場所を変えさせていただきました」
「———」
「それでは、しっかり感じてくださいね。わたくしの愛を」
言葉と同時に駆け抜けていく痛みと衝撃が、結界に一瞬だけ亀裂を結んだ。
瞬く間に修復される結界と、フラジールの体。
絶叫に喘ぎながら、どういう理屈かフラジールの体は微動だにしていなかった。
「あまり動かれると我が君の邪魔になりますので、サポートさせていただきますね」
そして再びフラジールの体に血線が入り乱れ、数キロ先の結界が残響を上げる。
「もう少し遊んでいてもよかったのですが、申し訳ございません。我が君の術式が完成したようなので」
「あ、が——」
「とりあえず、魂にわたくしへの姉としての畏怖であったり不死種としての作法だったりを念として刻み込んであげますので」
「ひ、ぁ」
「外の聖騎士を制圧するまで、咲き誇るように濡らしておくことを言い付けておきます」
「あ、ひぃ」
数秒間のうちに、フラジールの体は百を超える回数を切断され、その度に魂が犯されていく。
聖騎士としての矜持、思い出、教訓、好きな人、栄光——
フラジールをフラジールとして構成していたモノに、澱みが混じる。
「い、いぎ、イギィぃぃぃぃッ」
やがて痛みを感じるたびに絶頂を迎えるよう改変されたフラジールが、下腹部から水分を撒き散らす。それとほぼ同時に、とてつもない衝撃が結界を揺るがし、穴を生じさせた。
その穴が生じたのは、時間にしてみれば約十秒。
すぐさま閉じるように修復されたが、それはあまりにも致命的な十秒だった。
「ルカヌス様たちが出たようですね。結界が消滅するのも時間の問題……こっちの方も、エル様への献上品に相応しいモノが完成しました」
ビクビクと体を震わせ、汁を垂れ流しながら失神しているフラジール。霊装は機能しないよう淫我で支配下におさめ、まだ幼く華奢な体を太陽に見せつけながら快感の余韻に震えていた。
「彼女はしばらくこのまま放置するとして……わたくしは、我が君の勇姿を脳に焼き付けながら自慰に耽るとしましょう」
ジュリアスは咲き誇るように笑って、降下を開始した。
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