百女鬼 柳來は堕ちたくない⑤

「——行きますわよぉぉぉッ!」



 大地を蹴り上げ、跳躍。

 白銀の光と化したフラジールが、遅れてついてくる大槌を遠心力と共に振りかざした。

 右斜め上より轟く大槌の一砕いっさいが、滑るように割り込んできた大鎌ごとジュリアス・メアリィの肢体を吹き飛ばす。



「ぶっ飛びなさいッ」

「見た目はメスガキなのに、なんてまあ猛々しい。そういうところも可愛がってあげたいのですよ、わたくしは」



 強烈な一撃を受けて、空中を転げまわるジュリアス・メアリィ。追撃にはしるフラジールは、手応えのなさに苦渋を浮かべながら弧を描く。

 態勢を立て直される前に再度の重撃を畳みかける。が、その一撃は容易に防がれた。



りょ力は天性のものですか。遠心力を乗せるのもお上手」

「チッ、随分と余裕ですわね!」

「そりゃあまあ、こちらは手負いの獣を相手にしているようなモノ。少しばかりの拮抗すら恥ですから」

「ふっざ、けんなッ」



 天空を裂く稲妻の跫音がごとく響いた剣戟。交わされた応酬は、八つ。



「こ、のッ!」



 弾かれる。受け止められる。ジュリアス・メアリィの体は、空中だというのに一歩も揺るがない。

 フラジールの攻撃、そのすべてが真正面から防がれる。

 そこに技術の欠片もない。

 ただただ、単純な力勝負でこちらが劣っているという事実に唇を噛む。



(ふざけろ、どうかしてますわコイツ……! こっちは確かに消耗してるけど、それは精神的なもの。気合いでどうにかなるもので、さらに結界の恩恵だって受けてるのに……!)



 黄金の巨大骨兵スケルトン・ゴールデンは、確かに強敵だった。

 だが、それも時間が経てば脆くなる。結界内にいるだけで、不死種アンデッドは弱っていくのだ。それは高位不死種とて例外ではない。だからこそ、あのスケルトンを倒すことができたのだ。

 それほどまでに、第七位界というアドバンテージはとてつもなくデカい。

 だというのに、眼前の女はどうだろうか。



「どうかしましたか? いささか、集中力に欠けるようですが」



 すでに二日。

 不死種にとって天敵ともいえる太陽の力をまる二日も浴び続けて尚、消耗しているような素振りがない。その動きには、冴えが見てとれる。



(まさか、太陽を克服している……? そんな不死種、聞いたことが——)


「なにを考えているのかは知りませんが、真剣に向き合ってくれなければこちらとしても困ります」

「——っ!」



 思考もろとも吹き飛ばされるフラジールのちいさな肢体。

 柱のように噴き出す鮮血。地面に埋まったフラジールは、心臓部分ががらんどうになっていることに気がついた。

 次いで、訪れる絶痛。



「壊してしまってもいいのですよ。太陽が沈むまで、ずぅっと痛みを与え続けてもいいのです。ですが、わたくしはそれを望みません」



 地に降り立つジュリアス・メアリィ。

 なにか芸術的価値の高い絵画を眺めるような面持ちで、彼女はのたうち回るフラジールを見下ろした。



「あなたの全てを引き出したい。妹のスペックを知るのも姉たる者の務め。あなたの真価を知らなければ、我が君に推すこともできないでしょう?」

「ざ、けんな、この……誰が、妹なんか、になるもの、ですか……!」



 不遜に宣う悪魔へ、フラジールは唾を吐く。

 すでに穴は塞がった。心臓の鼓動も感じられる。

 ただ、痛みだけが煩わしいけれど。

 今はむしろ、それがちょうどいい。



「あたしは、絶対に負けない……! そう信じてるから……!」

「へえ。それは一体、どこの誰が保証してくれるものなのでしょうか」

「あたし自身よ……ッ」



 ボロボロになった大槌を再び、眼前の敵にす。

 視界は明瞭。身体に欠損なし。

 損なっていたのは、自分の心だけ。



「絶対に負けない……負けてたまるか……あなたには……不死種には、負けない……!」



 そう、誓ったから。

 あの日、まだ何者でもなかった自分が、何者かになると望んだあの日に。



「あたしは、あたしの魂に懸けて……! 負けるわけにはいかないんですのッ!」

「!?」



 その叫びに呼応するように、周囲の魔力濃度が上昇した。

 それは、フラジールを起点にして起こっている。

 彼女の霊装が、淡く輝いた。



「これはまだ、誰にもみせていない……対柳來ゆら様のために身につけた、とっておきですの」

「何を……わたくしに魅せてくれるのです?」



 悪魔の押し殺すような笑み。その問いかけに、同じくフラジールも笑みでもって応えた。



「——絶剣」

 



「絶剣?」



 聞いたことのない単語に、俺は眉根を寄せた。

 都合千回目の満身創痍を迎えたS級聖騎士パラディン柳來ゆらは、折り曲げていた片膝を伸ばした。



「霊装は、その存在自体が神秘だ。〝祈り〟の聖女が創り出し、祈祷を捧げ、神の力の一部を受胎させる。一般的に売り出されている装備品とはレベルも格も段違いゆえ、それを外部に漏れるのは避けたいと思う上層部の気持ちは理解できるだろう?」



 確かに、俺やジュリアス、ルカヌス辺りからしてみれば紙屑同然の耐久力だが、かつて人間だった頃、その耐久力に何度も煮湯を飲まされたのも事実としてある。

 無論、他の勢力が喉から手が出るほど欲しがっているのも知っている。俺も、その一人だ。



「時代が進むにつれて、より霊装は強力さを増した。今代の聖女はそれがより顕著。ゆえに、霊装を創り出す際に一つの枷を設けたのだ」

「枷?」

「単純な話だ。ある一定以上の、大雑把にいえばS級と同等の実力を持たなければ、その真価を発揮することはできないし知ることもできない、というもの」

「へえ、なるほど」



 ルカヌスが知らないのも納得だ。

 S級聖騎士。今でこそ脅威足り得ないが、それと同等かそれ以上の実力者などそうそういない。

 だからこそ、仮に霊装を奪われたとしても、その実力を最大限にまで使い潰せる者は限られてくるから、結果として流布は避けられる。



「要は霊装のリミッターを外し、真の力を発揮させる……それこそが〝絶剣〟だ」



 柳來を起点に上昇する魔力濃度。彼女の握る刀が、霊装が、白金プラチナの光を帯びていく。



「そんな隠し玉があるなら、もっと早く出してもよかったんじゃないのか? いやまあ、こちらとしては飽きが来ないから文句はないのだが」

「可能なら、これを使わずに済みたかったという私の浅はかさをゆるしてほしい。何せ、これは秘匿されている力だ。使えば最後、必ず敵を倒さなければならない」



 相当追い込まれているのだろう。柳來の言動からして、もはや俺に勝つことは諦めている。だからこそ、この情報を与えずに死にたかった——が、ここに来てその考えはどうやら変わったらしい。



「この二日で、私は自分を出し尽くした。培ってきた経験も、勘も、努力も、才能も、何もかもを出し尽くして私は、手も足も出なかった。おまえに、一撃を与えることすらできなかった。

 格の違いというものをあらためて知ったよ。上には上がいる。

 ——ああ、私はいつから、自分が天上に届くほどの切れ味を誇っているなどと思い上がっていたのだろう」



 悔いるように俯く柳來。

 喉の奥から言葉を絞り出す彼女の顔は、泣いているようで、笑っているようでもあった。





「このままでは、ああ、そうだよ。私は、死んでも死に切れない。なんとしてでも私は勝ちたい。勝ちたい、勝ちたい!

 だから、神の力を借りてでも、私は勝ちたい!」



 奈落の暗闇を祓い、天までく清々とした魔力が、祈りと共に膨れ上がる。

 不快極まりない神聖な空気。

 それはこの疎ましい第七位階の結界にも迫るほどの聖気をまとわせていた。

 だからこそ、聞かねばならない。

 問わねばならないことがある。



「ところで、その絶剣っていうのは……どれくらい戦闘力が変わるものなんだ?」



 エルは、堪えきれないと言わんばかりの笑みを抑えて、問う。



「他の奴らのことは知らんが、〝祈り〟の聖女曰く——」

 


「——十倍だ」

「————」



 そして遂に、極限まで研ぎ澄まされたそれが、地上に生み落とされた。



「「——絶・剣——」」



 〝祈り〟の聖女によって創り出され、鍛えられた霊装。

 それら真骨頂が今、二人の不死種アンデッドの前で芽吹いた。



執行裁判・能鉄槌ジャッジメント・エクシア


終末を鳴らす天竜ハーシュ・ラグエル



 解号と明かされる名。迸る絶剣の霊威が、それぞれの不死種を跳ね除けた。



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