百女鬼 柳來は堕ちたくない④
「は、ぁ、っ、はッ」
今にも
視界をさえぎる赤を拭い捨てる。
フラジールは、二日目にしてようやく
「ち、くしょ……なんて、ザマですの……っ」
『———』
平伏するように上半身を倒し、微動だにしない巨大スケルトン。
至る所が陥没し、粉砕され、黄金の輝きはくすみを帯びている。
「あたしは、何回死にましたの……?」
第七位界の術中により大幅に能力を向上し、外部の術師から施される魔力補給、他にもさまざまな後方支援や恩恵を受けて尚、フラジールは数え切れぬほどの死を経験した。
実際に死んだわけではない。この結界が続く限り、死ぬことはない。だが、死に至るであろう致命傷は何度も受けていた。
いくら不死身の耐久力を有しているとはいえ、痛みはある。
霊装は魔力を受ければ耐久力を取り戻し、肉体の損傷も数秒すれば回復する。
だが、痛みだけは。
どうしようもなく精神を蝕んでいく。
「はぁ、……っ、他のみんなは無事ですの……
極限まですり減った精神。
できることなら、倒れてしまいたいとさえ思う。
だが、この身は
不浄なる
「早く、加勢しにいかなければ……!」
S級聖騎士であり聖女でもある柳來が苦戦するとは思えない。敗北など想像できないし烏滸がましい。気掛かりなのは、他の部下たちだった。
「いくら死なないからといっても、精神がおしゃかになってしまえば元も子もありませんわ……!」
「ええ、その通り。死なないのであれば、精神をぶっ壊してしまえばいいだけの話。単純ですわね」
「——!?」
頭上からそんな声が聞こえて、フラジールは弾かれるように目線を上げた。
約三十メートルほど前方。
朽ちた
「おまえは……!」
「申し遅れました。わたくし、
白緑に流れる河のような髪。優雅にたゆたう紅の双眸。
「一応、わたくしは序列二位ですので。そう名乗っても問題はないでしょう。ルカヌス様も、きっとお許しになられるはず」
大胆にはだけた藍色のドレスから伸びる艶かしい太もも。そこには《2》の文字が描かれていた。
「実はわたくし、二日前からあなたのことを観察しておりましたの。暇で暇でしょうがないものですから。我が君は新しいオモチャに存外と夢中になっているようでして、構ってくれませんし」
同性ですら見惚れてしまうジュリアス・メアリィの魅力に、フラジールは頭がおかしくなりそうだった。
心臓がバクバクとうるさい。
これは気のせい、穢らわしい不死種にこんな、柳來様と同じ気持ちを抱くなんてありえないと否定する。
けれど、だめ。顔が、彼女を見つめてにやけてしまう。
「ところで、あなた。わたくしの妹になる気はありませんか?」
「は、はひ……っ?」
思わず変な声が出てしまう。
妹? 誰が? このあたしが、不死種の妹になれと?
なんて腹立たしい。なんて不躾な。
このあたしを誰だと思っているのだと、フラジールは
「い、いいけど、あたしのことを子ども扱いしないでよねっ——って、え、あ、ち、違うちがうの、なに言ってるのあたし……!?」
「あら。存外と相性が良かったようですね。それとも、そういう耐性が極めて低いのか」
「か、勘違いしないでくださいまし!! あたしには、柳來様という素敵なお方が……! あ、あなたなんて……あなたなんてぇ……!」
「ふふ。そのデレデレとした顔もいいですが、わたくしは素のあなたを堕としたいので……——はい。これでどうでしょう?」
瞬間、フラジールの中でほとばしっていた熱い衝動が失せた。
残ったのは、凄絶な嫌悪と不快感だけ。
一瞬でも、魔に堕ちてしまっても構わないと考えた己の浅はかさに反吐が出る。
「こ、このクソ女! あたしに一体なにをしたんですの!?」
「どうしたもなにも、垂れ流しになっていたわたくしの色気を
頭蓋骨に突き刺さっていた大鎌を抜き、ジュリアス・メアリィが立ち上がる。
「ようやくはじめられますわね。先に言っておきますが、わたくしが勝ったらあなたを妹として不死種に堕とし、一生飼ってあげますからそのつもりで」
「ほざけよ、不死種風情が……!」
湧き上がってくる怒り。つま先から頭のてっぺんまで満たす明瞭な殺意と共に、フラジールは大槌を
「殴殺、轢殺、圧殺……微塵も残さず滅してやりますわ……!」
「ふふ、ええ。その意気です」
「——行きますわよぉぉぉッ」
咆哮と共に、フラジールが地を蹴った。
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