時の聖女は微笑んだ。
「——教皇代理であるわたくし、聖女テレサの名の下に告げます。
ルリア・アールマティ。きょう、今この瞬間より、あなたはS級
これを受け取りなさい」
教会地下・ウーラニアー神殿。
荘厳たる神聖さと張り詰めた緊張感の中、私は跪いていた。
「
〝時〟の聖女たるテレサ様が、わたしの首に
S級聖騎士を証明する白金。
夢にまでみたこの授与を、わたしは複雑な心持ちで迎えていた。
「続いて、こちらも受け取りなさい。これは『
「……失礼ですが、受け取れません。聖剣を、わたしなんかが」
相応の実力を認められた聖騎士にのみ所持をゆるされるのが〝聖剣〟。
未熟なわたしが、受け取れるモノではない。
「そう身構えないでください。これは彼女曰く〝失敗作〟なのです。なので、軽い気持ちで受け取ってください」
「失敗……作?」
「ええ。
呪い。
黄金に輝くその剣からはあまりにもかけ離れた言葉だった。
「しかし、三度願いを叶えるというのも事実。要は、三度の願いを使い切らなければ何も問題はありません」
「二度でも十分すぎるほど強力です。尚更、そんなモノをわたしなんかが……」
昨日の戦闘で無様に敗走したわたしが、どうして。
そもそも、なんの成果も上げていないわたしが昇級だなんて、どうしても納得がいかない。
奴らに勝利し、その末の褒美なら喜んで受け取っただろう。しかし結果は、完膚なきまでの敗走。
「あなたの気持ちはわかります。だからこそ、教皇のみならず聖女であるわたくしたちもあなたには期待しているのです」
「期待、ですか」
「ええ。期待です。あなたはとても強い人だから」
テレサ様が無邪気に笑う。偽りのない言葉。
ゆえにこそ、わたしの胸は抉られるように痛かった。
「……わたしは、強くなんか」
わたしは、強くない。強いと思っていただけ。
だって強ければ、わたしはカルラを奪われずに済んだから。カルラを、あのような辱めを受けさせずに済んだから。
彼女だけじゃない。マルティーヌ様も、テオドールも、マティルダ様だって。
わたしは強くなんてない。
英雄の家系だからと、これまで良いように扱われていたに過ぎないのだ。
「アールマティの系譜だからと、あなたを特別扱いしているわけではありませんよ」
わたしの胸中を読んだかのような言葉が頭上から降ってきた。
「自身の弱さを、悔いるほどに噛み締めている。それこそ、命を投げ打ってしまいたいほどに」
そう。わたしは、悔いている。
死んでしまいたいほどに。過去を、やり直したいと願うほどに。
「だからこそ、あなたは強くなれる。顔を上げなさい。ここで腐ってしまっては、失った仲間たちにも顔向けできませんよ」
同性であるわたしですら、うっとりとしてしまうほどの微笑み。
テレサ様は、天使の聖歌を思わせる美声でつづけた。
「教皇より、一つの命を賜っております。――これより七日間で、ルリア・アールマティの実力をS級にまで引き上げろ、と」
「……っ、教皇様から……」
「あなたが先ほど受け取った〝S〟はまだお飾り。まあ卵が先か、鶏が先かという粗末な問題なのですが。とにも、あなたをS級として恥ずかしくないようわたくしが鍛えてあげます。
――わたくしの
「……時を、操ると」
「そうです。これよりあなたが体感する時間は、七日ではなく七年」
「な……な、年……!?」
「本来ならば、これの使用にはいくつかの認証が必要なのですが、すべてわたくしに一任されております。それと、もう一人」
テレサ様がわたしの背後に視線を向けた。
カツン、と靴音が鳴り、同時に力強い気配と独特な煙の匂いが充満する。
この匂い、気配は……間違いない。
「リュドミラ学園長。ここは神殿ですよ。煙草を吸うなら外で」
「フン。外に出れば、貴様の結界に入れんだろう」
「一服する時間くらい、待っていてあげますから」
「時間が惜しい。さっさと始めるぞ」
振り返ると、そこには予想通りリュドミラ先生が立っていた。
唇にキセルを挟め、意地の悪い笑みでわたしを見下ろしている。
「リュドミラ先生……」
「もとより、ルリア。貴様を鍛え上げると決めていたのは妾だ。横槍を入れてもらっては困るんだよ、テレサ」
「教皇の命令ですから、仕方がないでしょう。それにこうして呼んであげたんですから、少しは誉めてください。学園長」
「貴様は昔から変わらんな。『嫌われるかもしれない勇気』という名著を知らんのか。知らんなら読め。人の上に立つなら尚更だ」
「転生者が流布したっていう、あの? まあ、これが終わったら呼んでみますよ。まったく学園長は博識ですねー。——さて」
二人の視線がわたしに向けられる。
畏れとか驚きとか色々な感情が重くわたしに乗っかった。
「りゅ……リュドミラ先生、テレサ様と知り合いなのですか?」
「教え子だ」
「ですです」
「教え子……やっぱり、リュドミラ先生はすごい」
「当たり前のことを。おだてても拳しか出んぞ」
「うわ、流石に引きますわそれ」
「……。先も言ったが、時間が惜しい。いくら時を引き伸ばせるとはいえ、教えたいことは山ほどあるんだ。七年では足りんかもしれんぞ。さっさと始めろ」
そう吐き捨てるリュドミラ先生に、わたしは食い気味で言った。
「ま、待ってください! わたし、まだ何にも準備が……」
「何を呑気なことを吐いてる。
「――!」
突如として繰り出された蹴り。すんでのところで防ぐことに成功したが、わたしは石畳を滑りながら壁に激突した。
「結界を張りました。好きに暴れてもいいですよ、学園長」
「何をしている、立てよ。まずは妾に一撃たたき込んでみせろ」
「う、ぐ……」
なんていう威力の蹴りだ。ただの前蹴りのはずなのに、防いだ両腕が青く腫れている。
うめきながらなんとか立ち上がり、わたしは呼吸を整える。
整えて、ああ、何だか笑えてきた。
こうして立ち会うのは、久しぶりですね。先生。
「……感謝します。リュドミラ先生、テレサ様」
今の衝撃で、頭の中にあった悩みが吹き飛んだ。
カルラのこと、死んでいったみんなのこと。
その全てよりも、今はこの場を乗り切ることを。そして、
「わたしは、必ず
あの憎き不死種を殺すことだけに、意識を切り替える。
「いい目だ。食らいついて来い。必ず、貴様を妾の最高傑作に変えてやる」
「それ、みんなに言ってますよね?」
「黙れ」
——そして稲妻の速さでわたしの七年は、過ぎ去っていった。
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