百女鬼 柳來は堕ちたくない②

不死種アンデッドども——生者気取りもきょうまでだ」



 寿ことほぐ聖歌。光の結界。大地を統べる太陽の輝き。

 第七位界大儀式白魔術『聖異界・救世主の巡礼、約束の地サン・サルヴァドーレ・シオン』によって、この一帯は神聖な空気で満ち満ちていた。


 低位の不死種なら一瞬で滅せられ、高位であろうと大幅な能力低下は避けられない。

 逆に生者は大幅に能力を向上させ、結界が続く限り不死身の耐久性を有する。また、結界外からの魔力支援も可能で、隙は微塵もない。


 高難度ゆえの術式展開に対する見返りは十分すぎるほど。

 ゆえに勝利を確信しない方が無理というものだった。

 実際に、彼女たちは当初の任である時間稼ぎを、陶酔の中で忘れてしまっていた。



「貴様らには灰がお似合いだ。死にきれぬなら、殺し尽くしてやる」

「我ら七番隊、いつでも行けますわ。柳來ゆら様」



 迷宮『オルフェウスの冥路』前に、彼女はいた。背後には、付き従うように複数の聖騎士が構えている。



「準備は整った。過剰なまでにな。残らず全員、駆逐してやる」



 桃色に振り乱れた長髪。切長の黒い双眸。

 ここらでは珍しく、目を惹く鮮やかな藍色の着物。

 腰元にいているのは、剣ではなく刀。

 顔立ちから出立ちまで、この場にいる誰とも異なる彼女こそが、教会より派遣された聖騎士パラディン。〝S〟を冠す聖女に他ならない。

 

 賜った銘は、〝つるぎ〟の聖女。

 教皇十三隊・七番隊隊長——百女鬼柳來どうめきゆら

 

 戦場をこよなく愛する神罰代行者は、湛える闘志を滲ませながら前方を見据えた。



不死種アンデッドごとき下等生物に、聖女であられる柳來様が刀を抜く必要はありません。副隊長であるあたし、フラジール・マスカラ一人で十分ですわ」

「そう。ならよかった。久しぶりの出陣で、腰が引けてるのかと思ったが」

「そんなわけないじゃないですか。柳來様との模擬戦ならともかく、たかが不死種。たかが不死王リッチ……赤子の手を捻るように踏み潰してやりますわ」



 言って、フラジールは身の丈ほどの大きな大槌を肩に担ぐ。

 口角は三日月のように歪められ、溢れて余りある高圧的な態度が彼女の瞳を輝かせていた。

 指揮は高い。皆、高揚感に包まれている。

 勝利を信じて疑わない。己の背で、戦の女神ウーラニアーが微笑んでいる感覚すらある。



「ふっ……じゃあ、行こうか。迷宮の底から、死者を引き摺り出してやる」

「七番隊、先行しますわよ——って、なにこの揺れ!?」

「!?」



 そしていざ、迷宮内へ攻め込もうとしたそのときだった。



「地震……!? どうして、こんなタイミングで……!?」



 突如として、立っていられないほどの地震が七番隊を襲った。

 尻をつくフラジール。他の隊員たちも同様に膝をつき、柳來だけが平然とその場に立っている。



「……これは」



 注意を張り巡らせている矢先、柳來の探知パルスに巨大な気配が引っかかった。

 それは、地下から。

 あまりにも強く膨大な魔力が、這い上がるようにしてこちらへ近づいてきている。

 このままでは、呑み込まれる——そう感じた柳來は、すぐさま命令を下した。



「総員、後方へ退け」

「っ、この魔力……間違いないわ。へえ、そう。不死王リッチがまさか、わざわざ出向いて来てくれるなんてね……!」



 激しい揺れの中、迷宮の出入り口から離れる七番隊の面々。

 柳來のみならず、フラジールも地下から這い出ようとしてくるその存在感を感じ取っていた。



「でも、なに……この大きさ。不死王ってのは、巨人の死体か何か?」

「違う。他にも気配が——」



 言いかけて、迷宮の出入り口が盛り上がった。

 木端が弾けるような軽快な音とは裏腹に、地面が引きちぎられる。



「な……ん、なの、これ」

「……!」



 やがて、地面より姿を現したのは、金色の頭蓋骨だった。

 純金のような輝きを放つ骨の城塞。がらんどうの双眸の奥で、紅が光る。

 頭部だけで城を飲み込むほどの巨大さを誇るそれが、勢いを緩めることなく天へ向かっていく。



「っ、……、フラジール。鑑定を」

「ぁ、は、ハイ!」



 息を呑み、呆然と見守っていた柳來は一足先に我へとかえり、鑑定眼を持つフラジールを呼び起こす。

 柳來の命令で速やかに意識を取り戻したフラジールは、鑑定を発動。瞬間、映し出された情報に再び息を呑む。



「フラジール? どうした?」

「……黄金の巨大骨兵スケルトン・ゴールデン……こんな不死種、聞いたことない……」

「私にもみせろ」



 動揺して使いものにならないフラジールの肩を強引に掴む。フラジールと同調した柳來の視界に、件のパラメーターが現れた。



「……面白い」



 ずらりと並ぶ情報の数々に、柳來は笑った。

 各パラメーターの数値が異常だった。

 数年前に討伐した過去最強の敵である女淫魔サキュバスとほぼ同等の実力を保有している。

 しかも、種族名からして、あれが不死王ではないときた。



「まさか、不死王がこんな隠し玉を持っているとは。素敵じゃないか。そそられるよ」



 頭蓋骨から首、そしてようやく肩が地面から覗きはじめた。

 なんて大きさだと感心する余裕は、もはや柳來にしか残されていなかった。



「あ、あんなの、どうやって倒せば……」

「狼狽えるな。どう倒すかなんて決まっているだろ」

「柳來様……?」



 とうとう迷宮が跡形もなく黄金のスケルトンによって破壊され、鳥籠のような肋骨が見えた。さらに地割れを引き起こすかのように両腕を露出させた。

 舞い上がる砂塵に瞳を瞑ることなく、柳來はいつも通りの口調で言う。



「単純だ。いつも通り、叩き切る」

「……。ええ、そうでしたわね」



 そうだった。尊敬する上司は、脳筋なのだと思い出してフラジールは嘆息する。

 同時に、



「あたしとしたことが、恥ずかしい。たかが不死種ごときに怯えていたなんて。一生の恥ですわ」



 尊厳や余裕を取り戻す。

 己はかの七番隊の副隊長なのだと、言い聞かせて笑みを作る。敵を見据える。



「あれの相手はあたしに任せてください、柳來様。柳來様は、不死王を」



 探知パルスに反応がある。ここからそう遠くない場所に、重なるようにして二つの気配を感じ取れる。

 そのどちらも、汲み取れる気配の大きさは眼前のスケルトン以上。

 恐らく片方が不死王だろう。この禍々しさは、他の不死種を凌駕している。

 感覚的に、あれを相手にできるのはこの場で柳來しかいない。そう判断したフラジールは、眼前の巨大なスケルトンの相手を引き受けることにした。



「やれるのか?」

「ええ。そのつもりですが」



 不敵に笑い返し、フラジールは大槌を構えた。



「わかった。あれの相手は任せる」

「はい。必ずや、あれの首を柳來様に献上いたしましょう」

「要らんよ。けど、まあ期待はしている」

「お任せを。あなたたちは、不死王のそばにいる不死種の相手を。敗北はゆるしませんわ。必ず、首を獲ってくること。いいですわね?」



 フラジールの命に、部下たち全員が頷いた。



「それでは、柳來様。御武運を」

「おまえもな」



 その言葉を皮切りに、柳來は部下と共に黄金のスケルトンへ駆け出した。



『———ッ!』


「させませんわッ」



 緩慢な動きで、左腕が横薙ぎに振るわれる。

 ただのそれだけでとてつもない暴風が荒れ、地面が捲れ上がる。

 特大の暴力が柳來たちに迫る。その直前で、フラジールの大槌がスケルトンの左腕へと叩き込まれた。



「———っ」



 一瞬のせめぎ合い。

 大槌を通して駆け巡る衝撃が、両腕の骨を粉砕した。

 激痛を感じる間もなく、フラジールは左腕に呑まれていき——



(よかった……なんとか、行けましたのね)



 肢体が磨り潰されるその直前に、スケルトンの胸骨部分から下へ降りていく柳來たちの姿を確認して。

 刹那、砂塵と暴風の最中、フラジールの絶叫がとどろいた。

 

 

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